言う方も聞く方も地獄の「告白」
『告白』の原作は『カイジ』の福本伸行先生で、作画は『沈黙の艦隊』のかわぐちかいじ先生だ。この時点で、読む側は覚悟しておいた方がいいことがわかるだろう。たったひとつの「告白」から胃袋がよじれるような地獄と緊張が始まる。
ほんと「なんてことだ」なのだ。ひさびさにページをめくるのが怖くて「こ、このまま逃げたい」と思った。でもマンガを放り出したところで緊張はいつまでも追いかけてくる。だから汗をダラダラ流しながらこの地獄を突っ走るしかない。なんてことだ。
雪山で遭難した二人の男。嵐がやむ気配はなく、あるはずの山小屋は見つからず、ケガで動けなくなった一人はおそらくあと数時間で死んでしまう。大学時代から山に登ってきた経験が、その事実を二人に告げている。
“浅井”がこう思っているとき、ケガをした“石倉”もまた、同じことを考えている。
こんなふうに「AならばBであろう」という読みを繰り返す男達なのだ。この「AならばBであろう」は、本作のあちこちで不気味に漂い、二人を追い詰める。
雪山で死を待つばかりの石倉は遺言モードに入って、自分の人生を振り返る。さほど幸せでもなかったし、浅井と違って自分の死を惜しむ人もいないオレの人生。心残りなんて……? この極限状態は、石倉から重たい告白を引き出してしまう。
石倉が長らく一人で抱えてきた秘密。それは“さゆり”を殺してしまったこと。5年前に山岳部の事故として処理されたさゆりの死の真相を、たった一人の友人である浅井に告白してしまうのだ。
告白された方はたまったものじゃないだろうが、浅井は「もういい。よく言ってくれた」と死にゆく友人の手を握り……ふと気配を感じて振り返ると。
目と鼻の先に山小屋!! 二人とも助かった! 神様ってば脅かさないでよ。いや、悪魔のはからいだろうか。
この先に待つ地獄を最初に悟ったのは石倉だ。言っちゃったよ~~~~という顔がなんともいい。
この地獄のようなマンガは、生田斗真とヤン・イクチュンをキャストに迎え映画化される。緊迫の名場面がいっぱいあるから楽しみだ。そのいくつかを紹介する。
悔いている
山小屋を見つけて「ラッキー! 助かったぞー!」と喜ぶ浅井は、石倉と共に山小屋の中へ入る。中には誰もいない。
やがて浅井は石倉の異変に気がつき、自分がラッキーでもなんでもないことを思い知る。
そういえば石倉は「さゆりを殺した」と言っていた。
鏡越しに自分をじいっと見つめる石倉……。このあたりまでは、読んでいるこちらは「さあ始まったぞ」くらいに思っているのだ。「AならばBであろう」という思考に長けた男達が、どんな心理戦で楽しませてくれるのかな、と。
でもこれが想像の何倍もキツい。
人間が抱える疑心暗鬼の暗さと心理戦をナメていた。石倉の一挙手一投足が怪しく見えて神経がどんどんすり減っていく浅井(と私)。人間の心が腐っていくさまがあの手この手で描かれる。
ケガをしている石倉と、気が狂いそうな浅井。ちょっとした物音ひとつ恐ろしい。
「ねえ、オレのこと殺そうとしてる?」なんて不用意に口にできない浅井は、その恐怖を潰すべく、あらゆる行動に出る。
浅井はケガをしていないから活発に動けるのだ。そんな浅井を石倉はどう思っている? いち早くこの地獄を予感した石倉は、ただ山小屋に運ばれ、じっとしているだけだろうか。
読者は石倉と浅井の「手持ちの札」と「場の流れ」を必死で思い出しながら、息を殺して二人を追いかけるはめに。なんてことだ。
状況は刻一刻と変わり、ニ人はどんどん追い詰められていく。もはやマンガのページをめくるのもめくらないのも怖い。とっとと夜があけてくれ!
「言うんじゃなかった」と「聞くんじゃなかった」の渦が極限状態を呼び、やがて雪山に「聞いてしまったあいつが悪いのだ」というセリフがこだまする。とんでもない全305ページだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori