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こんなに好きなのに、僕らの恋は実らない──。甘酸っぱい青春逃避行BL

初恋をさらって
(著:里美 ゆえ)
2023.06.27
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俺たちのことを誰も知らない所

逃避行ものは、だいたいどこか「行き着く先」がちゃんと用意されていて、それがハッピーエンドなのかそうでないのかをソワソワ心配しながら読むと、心が満たされます。もはや出発する前から「ちゃんと行けるのかな?」って緊張する。そう、逃避行にはいろんなチェックポイントがあるんです。

たとえば「逃げたくなる→逃避行の計画を立てる→出発する→到着する→着いた先でいろいろある→帰る? 帰らない?」といった具合にアドベンチャーゲーム的なチェックポイントがある。主人公たちがそれらを通過する度に「よし!」と思う。

『初恋をさらって』は最初から最後まで「どうなるの!?」とソワソワさせる逃避行BLでした。逃避行のチェックポイントとハードルがいっぱいある。

出発前はこんな感じ。



逃げたらふたりっきり。だから独り占めできちゃうね。

舞台は関西のとある田舎町。その土地で「生き神様」なんて呼ばれている神社の跡取り息子と、東京からの転校生が、人目を避けて東京へ逃げます。東京には人がいっぱいいるけれど、地元の町のように「全員が知り合い」なんてことはないし、自分たちのことを知っている人は誰もいない。ふたりっきりを味わえます。


絶対に結ばれないと諦めていたけれど、でも諦めたくない。だから遠くに行ってみる。これは「最後の思い出作り」?

「この話はおしまい」



“七瀬”は、自分の将来は決まっていると思って生きてきました。

生まれ育った町から出ることなく、神社を継いで、お見合い結婚をして、家庭を作る。それは幼なじみの“恭介”とまったく交わらない未来。



恭介は幼い頃に東京からこの町に引っ越してきたし、町にずっと縛られる理由はなさそう。でも恭介は町からアッサリ離れる様子もなさそう。なぜなら七瀬が町にずっといるから。恭介にとって七瀬は初恋の相手なのです。

恭介の初恋は今もずっと続いたまま。そしてある日、その気持ちが抑えられなくなって……、



言ってしまった! そしてこの絵を見ればわかりますよね、七瀬も恭介と同じ気持ちです。でも七瀬は自分の立場を考えてしまって恭介との明るい未来を想像できません。



告白と同じ日になんて危うい会話をするんだろう。切ない。でも「この話はおしまい」でキレイに終わるわけがないんです。知らんふりをするにはあまりに距離が近い。



プールサイドでびしょ濡れになってしまい更衣室で着替える恭介と、濡れてもないのになぜか一緒にいる七瀬(とてもとても好きな場面!)。



やっぱり抑えられない。気持ちが溢れかえった七瀬は「一度でいいからお祭りで手を繋いで歩いてみたい」と夢を口にします。恭介は、東京の夏祭りならば七瀬の夢を叶えられるはずだと考え、東京のおばあちゃんの家に2人でバスに乗って行こうよと誘うのです。

バス旅行は移動時間が長い

京都から東京へ向かうのに新幹線ではなくバスを選ぶところが、本作の「わかってる」ところだと思います。高校生同士の旅行だから予算は抑えめで行きたいし、もっと重要なのがこれ。



夜行バスの薄闇のなか、一晩こんな状態が続くわけです。車内でのドキドキと降りてからの照れくさい感じが最高。

しかも東京のおばあちゃん宅に着いたと思ったら、なんでだかおばあちゃんが数日家を空けるというじゃないですか! つまり二人きりでお泊まり! 神が味方しまくってる。



地元で生きる未来を受け入れて、この夏を「一生に一度の想い出」にする気まんまんの七瀬と、



なんとしてでも七瀬をあの町から連れ去るつもりの恭介。どうなるのでしょう。



かわいい二人だなあ。でも東京のはるか彼方、カエルがゲコゲコ鳴く七瀬の実家では何かが起きているようで……! 最後まで目が離せない夏の逃避行です。じっくりご堪能あれ。

  • 電子あり
『初恋をさらって』書影
著:里美 ゆえ

こんなに好きなのに、僕らの恋は実らない。

静かな田舎町に生まれた七瀬(ななせ)は幼いころ、転校生の恭介(きょうすけ)と出会う。成長するにつれ二人の恋は確かなものとなるが、神社の跡取りである七瀬は、自分と恭介の未来が交わることはないと諦めている。

だがある日、かつての少年時代のように夜道を駆け出した時、抑えきれない恭介は七瀬を旅へと誘い……!

甘酸っぱい青春BL!

レビュアー

花森リド イメージ
花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori

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