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ヒトラーの愛読書だったル・ボンの名著『群衆心理』をまんがで読む!

2019.10.23
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■怖い怖い「群衆心理」

かつて私が通っていた高校は男子校だったのですが、毎週月曜日の昼休みに校内放送で校長先生の訓話を聞くことになっておりました。 いつも最後のほうは同じ言葉なので今でも覚えています。

「……君子の交わりは水の如し、小人の交わりは甘き事醴(れい)の如し。男子たるもの付和雷同するなかれ」で終わるのです。醴(れい)というのは甘酒のことです。

明治生まれのお爺ちゃんですから、やたら漢文調なのであります。 高校生の時は、平凡パンチ片手に「爺ちゃん、なかなかいいこと言うじゃん」と思ったのです。

社会人になって気が付きます。 私も含めて世の中小人だらけで付和雷同ばかりです。 群衆の1人になると周りに影響されっぱなしです。 場合によっては付和雷同していたほうが楽かもしれないと思ってしまうのです。

私は弱い人間なので校長先生の言うようには生きてこられなかったわけですが、弱い人間は利用されてしまうかもしれません。 いや、もしかするとすでに利用されているかもしれません。

そんな恐ろしいことを分析した本――それが「群衆心理」です。

■ヒトラーの愛読書

群衆心理という言葉はもう一般語になってしまって何気なく使っています。 誰が言い出したかのか普通は知りません。

フランスの社会心理学者ル・ボンという人です。

フランスの心理学者ギュスターヴ・ル・ボン(Photo by GettyImages)

現在では高校の倫理の教科書でもあまり扱われておりません。

しかし『ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)』によりますと、ヒトラーの愛読書だったと言われています。

1895年に発行された本ですからかなり古いのですが、その約20年後に、まさに群衆心理を利用した人物が出現したことになります。 悪用しては困りますが、重要な本であることには間違いない。

若い頃の話ですが、日本人は何でこんなにゴルフやる人が多いのだろうとふと思いました。 学生時代に運動部に全員が入っているわけはない。 スポーツが嫌いな人も大勢いたはずなのに、何故か社会人になった途端にゴルフをやる人がどっと増えることに疑問を持ったのです。

■会社に入るとなぜ、みんなゴルフを始めるのか

私の運動神経は並ですが、スポーツは好きでした。 一応剣道、空手、ハンドボールはやりました。 そういう私でさえ興味がわかないゴルフなのです。

それまでスポーツなんてやったことがない連中がこぞって一所懸命打ちっぱなしに行くのが不思議でありました。

私の高校の同級生に妙に運動神経がいい男がいて、ある日スポーツ新聞を見たら大学選手権で優勝しておりました。 「プロにはなりません」などと生意気なことを言っていました。 極端な事例ですが、こういう人間がゴルフをやっているのは理解できます。

しかし今までスポーツなんてやったことがない人が一斉に始めるのが薄気味悪かったのです。

そもそも、スポーツをやるにしても何故ゴルフなのでしょう。 いやゴルフは仕事だと断言する人もいました。接待ゴルフということでしょう。 しかし、接待なら別のスポーツだっていいはずです。 でも、接待卓球とか接待登山なんて聞いたことがない。

イラスト:Team バンミカス

■「接待遠泳」があれば……

私は水泳が得意です。 競泳は苦手で遠泳が得意なのです。 もし接待遠泳という部門があれば参加できますが未だにそんなお誘いはありません。

毛沢東の伝記を読んでいたら、毛沢東は水泳が好きで部下たちに一緒に河で泳ぐように強要していました。 中国の河は大きいですから当然遠泳です。

40歳になった時ゴルフ漫画をやることになりました。 ゴルフをやらざるを得ないのです。 原作者の人が非常にうまい人で私に一所懸命教えます。 少しできるようになったらゴルフ大会に出てみました。 もちろん成績は散々です。

みんな真剣なので驚きました。 心臓が弱い人がいたのですが、脂汗かきながらゴルフ場を回っているのを見てもっと驚きました。

(おい、誰か止めろよ)というか(あなた、何でそこまでやるの)と思ったのです。
私がその方に、もうやめましょうと言ったら、「うるさい!」と怒鳴られて驚きました。

もう知らず知らずに付和雷同して群衆心理に巻き込まれているのでしょう。

上述したように毛沢東みたいに、もし日本の偉い人たちが遠泳始めたら、たぶんみんな遠泳やるのでしょうね。

■フランス革命と群衆心理

わが「まんが学術文庫」が第9巻目に『群衆心理』を選んだのは理由がございます。 2年ぐらい前にテレビで放送されてから再注目され、原本も売れ始めたのです。

『群衆心理』の著者ル・ボン先生は、フランス革命に注目する形で群衆心理を分析しております。

貴族や僧侶に搾取されていた98%の平民たちが、一部の扇動者たちによって立ち上がり、フランス革命が起こります。 まさに群衆の心に火がつき、国のシステムが替わる、大きな流れが生まれたわけです。

ところが、国民の平和のために達成されたはずの革命が、いつしか暴走し、国民同士の間で新たな殺戮の時代、地獄の時代を生んでしまうのです。

まさに群衆心理がもたらした災禍なのであります。

娘の参考書で超久しぶりにフランス革命を復習しましたら、1789年にバスチーユ監獄に大砲が撃ち込まれてから、ナポレオンが皇帝になるまでの10年間をフランス革命期というそうです。 その10年間にあまりに色々なことが起こりすぎて丸暗記するにも骨が折れます。 政権がコロコロ変わり、なぜそうなったかという理由も、一度聞いたぐらいでは頭になかなか入りません。

革命が起きたら、いったんは立憲君主制になります。 しかし、あっという間に共和制になり、最後にナポレオンが出てきて帝政になっています。

この間ジロンド派だのジャコバン派だのが政治闘争をやって政権を握るかとも思えば王党派が復活したりと、なんだかもうグチャグチャです。 戦争、テロ、クーデタ何でもありの状態です。 政治の中心があっち行ったりこっち行ったり振れ幅がものすごいのです。

イラスト:Team バンミカス

■真面目すぎて、おかしくなる人

その中で漫画ではロベスピエールに焦点を当てました。 この人は群衆心理を深く理解しており、それを利用して議員になり、そして独裁者になります。

ロベスピエールと言えばギロチンです。 政治家になるとどんどん過激になり、最後は毎日ギロチンを使って、敵だけではなく、かつての同志たちをも次々と断頭台に送り込みます。

いろいろ調べますとこのロベスピエール、もともとはかなりいい人だったのです。 弁護士時代に貧しい人を救っております。 貧しい人を救いたいと思っていたのは確かなのです。

ただ真面目過ぎた。

自分が正義と信じたら命がけなのです。 他人にも曖昧さを許さない。 自分の思想に忠実と言えば忠実なのです。 よってどんどん過激になる。 そんなに人間は正義どおりには体が動かないのですが、彼はそれを許しません。

頭が良すぎるので自分の正義が一番正しいと疑わない。

私みたいにいいかげんな人間も問題なのですが、超真面目も問題なようです。 結局皆さんもご存知のとおり、最後はクーデタによって、ロベスピエール自身がギロチンで処刑されるわけです。

群衆心理を読み切って独裁者になったはずなのに、最後は人間の心が読めなくて民衆に殺されたような気がします。

だからでしょうか、『群衆心理』を読むと恐ろしくなるのです。 群衆化した人々は何をしでかすかわからない。 昨日まで称賛していたのに今日は罵詈雑言、殺してしまえとなるのです。

再び高校の時の校長先生の言葉を思い出すのです。

「付和雷同するなかれ」

皆さんも気を付けましょう。

まんが学術文庫編集長 石井徹

【本記事は、現代ビジネス(まんが学術文庫)に2018年8月5日に掲載されたものです】

  • 電子あり
『群衆心理』書影
原作:ル・ボン 漫画:Team バンミカス

すべては正義感から始まった──。
敏腕の刑事弁護人ロベスピエール。貧しいがゆえに盗みに手を染めた者。無実の罪を着せられても抗弁できない弱き者。見事な弁舌で、それら数多くの被告人を救い”貧者の弁護人”として評判を得ていた。社会の矛盾を正すため、弱者、貧者を救うため、熱狂する人の群れを操る彼が革命の末に見た風景はどのようなものだったか?

産業革命以後、世界は「群衆の時代」に突入する。”それは熱狂と残酷と理性的判断を失っていく大衆が主導する社会である”と喝破したル・ボンの名著を、1人の冷徹な知性を持った人物を主人公に描ききる!

第一章 群衆の時代
第二章 群衆の精神
第三章 群衆の信念

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