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講談社社員 人生の1冊【53】『銀河鉄道の夜』ジョバンニの仕事に憧れて……!?
(著:宮沢 賢治 絵:太田 大八)
大津留久美子 校閲第二部 40代 女
拾い上げる、掬い上げる、救い上げる
大学3年生の2月に、とうとう、就職をしよう、いやせねばならぬと思い切りました。
向いていないであろう職業はいくらでも簡単に思い浮かびましたが、向いているであろう職業はほとんど考えつきませんでした。
「職業、仕事、お給料をもらえること・・・・・・」と考えているうちに、小学生のころに読んだ、あるとても有名な小説のある登場人物のある仕事の情景が浮かんできました。
ジョバンニはすぐ入り口から三番めの高い卓子にすわった人のところへ行っておじぎをしました。その人はしばらくたなをさがしてから、
「これだけひろってゆけるかね。」といいながら、一枚の紙切れをわたしました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たいはこをとりだしてむこうの電燈のたくさんついた、たてかけてあるかべのすみのところへしゃがみこむと小さなピンセットでまるであわつぶぐらいの活字を次から次とひろいはじめました。
(『銀河鉄道の夜-宮沢賢治童話集3-(新装版)』講談社青い鳥文庫)
ジョバンニは学校帰りに活版所で文選として働き、銀貨をもらって病気のおかあさんの待つ家に帰るのです。
ぶんせん【文選】①活版印刷で、原稿にしたがって活字を拾うこと。(略)
(講談社国語辞典 第三版)
活字を拾う。あらためて思い出してみると、ジョバンニはなんてすてきな仕事をしているのでしょう!
ですが、当時すでに活版印刷は主流をしりぞきつつありました。
鉛の活字を拾う仕事にはそうそう就けそうもありません。
「活字、文字、印刷物・・・・・・」と考えているうちに、高校生のころに所属した生徒会誌の編集委員会の担当教師にならった、ある作業を思い出しました。
それが「校正・校閲」の作業です。
こうせい【校正】①原稿と校正刷りの文字とを引き合わせて、誤字・誤植などを正すこと。②書物の字句の異同を考えてただすこと。(略)
こうえつ【校閲】文書・原稿などのあやまりを調べたり不足をおぎなったりすること。
(前掲書)
印刷された字を一文字一文字見て、なにかあれば拾い上げる。なんて楽しい作業だったことでしょう!
そうして、わたしは「校正・校閲」職として働くことを決意して就職活動をはじめ、講談社校閲部に就職しました。 以来20年余、校閲の仕事は、文字を拾い上げて、意味を掬(すく)い上げて、意図を救い上げるものであるよう、勤めております。
という話をすると、「『銀河鉄道の夜』にそんな挿話、あったっけ?」というひともいます(多くの友人知人は「『銀河鉄道の夜』で活字拾いに憧れて校閲に入った? 冗談でしょ?」という反応でしたが)。
もしお忘れの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、『銀河鉄道の夜』を再読なさってください。
鉛の活字だけでなく、らっこの上着、姉さんのこしらえたトマトのなにか、からすうり、りんどう、鳥のかたちのおかし、りんご、新世界交響曲、さそりの火、南十字星・・・・・・懐かしく美しいさまざまなものを拾い上げることができるかもしれません。
ジョバンニとカムパネルラの二人の少年は、銀河鉄道にのって四次元へのふしぎな旅に出ます。美しい音楽を聞きながら、まるで銀河系宇宙のかなたを旅しているような気持ちになる『銀河鉄道の夜』をはじめ、『オツベルと象』『雁(かり)の童子(どうじ)』『なめとこ山のくま』『北守(ほくしゅ)将軍と三人兄弟の医者』『水仙月(すいせんづき)の四日』ほか、代表的な詩『雨ニモマケズ』の全文を収録。
執筆した社員
大津留久美子【校閲第二部 40代 女】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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