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講談社社員 人生の1冊【23】このミス1位『涙香迷宮』暗号ミステリーの金字塔!
井上純一 週刊少年マガジン編集部 20代 男
暗号! 暗号! ああなんと素晴らしき響き!
皆さん、暗号って好きですか? 歴史上の偉人や彼らにまつわる都市伝説にワクワクしたことはありませんか?
僕はあります。暗号も偉人も都市伝説も大好きです。もしかしたら、という想像ほど楽しいことはないですし、もしそこに新たな真実があったらと思うと、世の中全てがテーマパークのように思えてきます。過去の偉人と都市伝説は分かちがたく、そして都市伝説と暗号もまた分かちがたいもの。多くの人が知っているでしょう『ダ・ヴィンチ・コード』はその代表例ですが、日本にだってダ・ヴィンチに負けない天才がいたことをご存じでしょうか。
その人物こそが僕のお薦めする「この1冊!」の題名にもなっている、黒岩涙香。小説家や記者として歴史に名を残す明治の偉人ですが、この作品は彼の残した暗号をめぐるミステリー小説です。作中で「遊芸百般」とまで称される涙香は、遊びに関してはまさにダ・ヴィンチに勝るとも劣らぬ天才。対してその遊びの天才が残した暗号に挑むのは、IQ208を誇る現代の若き天才囲碁棋士、牧場智久。時代を超えた天才と天才による、知恵という怒涛の殴り合いが繰り広げられ、読んでいる僕たちは彼らの拳と拳の間に放り込まれたかのように感じるほどです。
そんな本作の読みどころは、何といっても「暗号」にあります。
学生時代に受けた国語の授業。その範囲は現代から古典まで幅広く、古典に至っては外国語より暗号みたいだと感じた人もいるのではないでしょうか。今回の暗号は、まさにその古典で学んだことがある「いろは歌」によるものです。(やっぱり古典は暗号だったということですね……)
涙香は様々な遊芸に通じていると言いましたが、その中にはいろは歌もあります。48字全ての仮名を一度ずつ使い一首の歌を作るのがいろは歌で、これが全章を通しおよそ50首近くも出てきます。一首作るだけでも大変なのに、はたして著者の発想力はどうなっているのか。さらにその一連の歌が暗号となっているというのだから、もう驚きのあまり言葉も出なくなります。ただ確かなのは、この著作が暗号ミステリーの金字塔と呼べる作品だということです。
ここまで掻い摘んで紹介しましたが、むしろ人によっては「そんなに暗号ばかりで難しくないかな……」とこの本を手に取ることをためらってしまうかもしれません。それでも僕がこの小説をお薦めするのは、暗号という一つの表現を通して言葉のすばらしさを感じられたからです。幼い頃から無意識に操ってきた言葉が、並び方や読み方、書き方を変えるだけでその示す姿を変えていく。言葉とはこんなにも多様で、自由だと知ることができる。言葉で世界を作り変えていく、まさに魔法のような物語がここにあります。
僕はこの小説を読み終えてから、街を歩くのがとても楽しみになりました。ふと街で見かける看板。そこに書かれた言葉や謳い文句の一つ一つに込められた思いや工夫、遊び心が文字を通して伝わってきます。たった一度の読書を通して、僕の日常が少しだけ、しかし確かに変わったのです。小さな体験が、自分の人生を少しだけ楽しくしてくれるのだと知ってもらいたい。その思いから、この物語をお薦めさせていただきます。
暗号の隠す秘密が、金銀財宝とは限らないけれど。今までになかった何かを与えてくれる、そんな暗号が、僕は好きです。
- 電子あり
・第17回本格ミステリ大賞 小説部門 受賞
・「このミステリーがすごい!2017年版」(宝島社)国内編第1位
・第40回「週刊文春ミステリーベスト10」 国内部門第3位
・「ミステリが読みたい! 2017年版」(ハヤカワミステリマガジン)国内篇第2位
明治の傑物・黒岩涙香が残した最高難度の暗号に挑むのは、IQ208の天才囲碁棋士・牧場智久。いろは四十八文字を一度ずつ、すべて使って作るという、日本語の技巧と遊戯性をとことん極めた「いろは歌」四十八首が挑戦状。そこに仕掛けられた空前絶後の大暗号を解読するとき、天才しかなし得ない「日本語」の奇蹟が現れる。
執筆した社員
井上純一【週刊少年マガジン編集部 20代 男】
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