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講談社社員 人生の1冊【10】はやみねかおる『そして五人がいなくなる』

2017.05.05
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鍜治佑介 文芸図書第二出版部 20代 男

ほんの、隠しごと。

はやみねかおるさんの『そして五人がいなくなる』(講談社の青い鳥文庫から刊行されたミステリです)。この1冊で、ぼくは本が好きになりました。

いま手元にある『そして五人がいなくなる』は、1996年7月3日に発行された、第8刷です。当時小学生だったぼくは、はじめてもらった2枚の図書券を、この1冊と交換しました。

物語の冒頭で、引越しを終えたばかりの名探偵・夢水清志郎の家に、おとなりの女の子が3日つづけて遊びにきます。その3日目のこと、24ページの最後の行で、名探偵は言いました。

「きみ※※※、※※※※※※※※※※※だろ」

……え?

ミステリーはおろか、小説をほとんど読んだことのない小学生にとって、このひとことは革命でした。本を読んで、時が止まるほど驚かされるなんて。

そして一度ページを閉じ、表紙を観察しました。次にひっくりかえしてあらすじを読みました。
そんなこと書いてあったっけ? このときに名探偵が言ったひとこと(この文章の最後に書きます)を言わずに、本はつくれないはず。

──なのに、表紙の絵にも、あらすじにもタイトルにも、そしてあとがきにも、手がかりになるようなことは、なにも書かれていませんでした。

300ページ弱あるこの1冊で、冒頭の24ページに書かれた名探偵のことばは、メインの事件とは何の関係もありません。最初に夢水清志郎の名探偵っぷりを示すための、小さな小さなミステリです。しかしこの本は、その小さな驚きすら、読む人から奪わないようにつくられていたのです

瞬間、うわっと胸が詰まり、本ってすごい!! と思いました。この1冊をつくった人たちの想いに気づけて、得意になりました。

ミステリを好きになり、小説を好きになり、本が好きになりました。

しかし、魅力的な事実を隠して本をつくることがどれだけタイヘンか、わかっていただくには、名探偵の謎解きをお伝えしなければいけません。ここから先は、未読の方、ネタバレが嫌な方は読まずにおいてくださいね。

実は、
このとき、
※※※は……※※※※※※※!!

……すみません。やはり、書けませんでした……。
もし、少しでも気になっていただけたなら、お近くの書店さんで、ぜひ……!

いま、青い鳥文庫では、『そして五人がいなくなる』の試し読みページがあるようです。

このページをさきほど見てみたところ、なんと21ページで唐突に試し読みが終わっていました。
この本は初版が1994年です。それから16年経った2010年の現在も、24ページで名探偵・夢水清志郎が言ったことばは、この本を実際に手に持って、12回ページをめくった人にしか、読めないんですね。

以上がぼくの“この1冊”でした。

ぜひみなさんも、ご自身の“この1冊”を、ご友人に紹介してください。

もちろんそのときに、あなたの本の隠しごとは、秘密にしておいてくださいね。

  • 電子あり
『そして五人がいなくなる 名探偵夢水清志郎事件ノ-ト』書影
著:はやみねかおる

夢水清志郎は名探偵。表札にも名刺にも、ちゃんとそう書いてある。だけど、ものわすれの名人で、自分がごはんを食べたかどうかさえわすれちゃう。おまけに、ものぐさでマイペース。こんな名(迷)探偵が、つぎつぎに子どもを消してしまう怪人「伯爵」事件に挑戦すれば、たちまち謎は解決……するわけはない。笑いがいっぱいの謎解きミステリー。