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講談社社員 人生の1冊【11】その後の負け犬たちの踏み絵『負け犬の遠吠え』
井本麻紀 デジタルマーケティング部 40代 女性
その後の負け犬たちの踏み絵
『負け犬の遠吠え』を初めて読んだとき、そこに書かれている負け犬があまりにも自分すぎて仰け反った。居ても立っても居られず、当時の担当だった先輩にお願いして、酒井さんにご挨拶させていただき、あつっくるしい感想をお伝えした。35歳だった私の年齢を聞いて、ちょっとだけお姉さん負け犬の酒井さんは「まさに今が旬の負け犬じゃないですか!」と発破を掛けてくださった。旬の負け犬、と言われて喜ぶべきなのかはわからないが、たいそう嬉しかったことを覚えている。
その後、寄り道をすることもなく、てくてくと負け犬街道を歩み続けて7年余。今回、久しぶりに本書を読み返し、着実にバージョンアップしている自分を指差し確認することができた。──相変わらず、リスクが高くても面白そうな方を選択してしまう負け犬の悪い癖は直らず、「フグの生肝を食べに大分へ行こう」と誘ってくれるような男性を好きになる。4年前に買ったマンションでは、大事に育てている観葉植物に「おはようー」「ただいまー」と声をかける毎日だ。一人温泉もすっかり恒例となり、一人客OKの宿からのダイレクトメールが途切れることがない。今年の夏休みはハワイでのんびりする予定、あ、もちろん負け犬友達と一緒ですぅ……
5〜6年前を振り返って「あの頃はまだ若かった……甘かった……」(遠い目……)を繰り返すのが年を取っていくということなのだなあ、と最近つくづく思う。本書は酒井順子さんが三十代のときに書かれたものである。少し年下の自分もすでに大台を突き進む今になって読むと、文章も現在の酒井さんのそれと比べればお若くて、さすがにピチピチとはしていないがまだ三十代のキュッとしたハリみたいなものが其処此処に感じられる。
しかし、書かれている負け犬像については、いっそうピタリと当てはまる四十路仕様でもあることをこのたび思い知った。近い将来、五十代になったときに読んで、「さすがにもう解脱してるかと思ってたのに……」と愕然とする、まだまだ生臭い負け犬だったらどうしよう。ああ、怖い。四十代以降に読み返す『負け犬の遠吠え』は、その後の負け犬たちの踏み絵なのだった。
さて、最近では女性誌で「妊活」まで特集するようになり、「結婚」特集さえ憚られていた十数年前の意識とは隔世の感がある。また、専業主婦志望の女性が増えたり、出生率が少しだけ上向いてきたり、確実に女性たちが「結婚」はもちろん「子産み」へとベクトルをシフトしてきている。その変化に本書が果たした役割、貢献した力は絶大である。日本の女性たちに、俯瞰して自分たちの人生を見る力、考える力を与えたのだ。
負け犬には死んでもなりたくない、できることなら専業主婦になりたい二十代の女性たちは、だって負け犬の先輩って痛々しいしー、子どもを産むなら早いほうがいいしー、と思っているのであろう。まことに正しい。正しすぎてムカつくほど正しい。
一方で、本書が大ベストセラー、ひいては社会現象にまでなったのは、私のような負け犬が、そこに書かれている自分たち負け犬のリアルに残念な生き様を、「ああぁぁ……」と、ほとほと情けなく思いながらも、同時にたまらなく愛おしく感じてしまったからに他ならない。駄目な自分ほどかわいい、じゃないけれど、負け犬の自己愛をも満足させてくれるんですね。救われた。それはまぎれもなく、酒井順子さんの負け犬への途轍もなく深い愛情とムチ(ムチも愛情ゆえ)が本書の確固たるベースとしてあるから。
エッセイが好きだ。へぇ〜っと自分がまったく知らない世界や考え方を教えてくれるエッセイも面白いけれど、自分と馬が合うエッセイを見つけて、その著者のエッセイを追いかけ続けていると、著者の思考回路がちょっとずつ自分の脳に複製されていく。そうなると、お互いの成長とともに、著者があたらしく思ったことや感じたことを、よりいっそう共感して読むことができる。「大きく同意!」「よくぞ書いてくれましたー!」と机をバンバン叩きたいような気持ちになるとき、それはとても楽しくて嬉しい、幸福な瞬間だ。
大好きなエッセイスト、酒井順子さんと同じ時代に生まれ、リアルタイムでその著作を読めるということはなんという僥倖であろうか。心から、その存在に感謝している。
ちなみに私は冒頭の挨拶の後しばらくして、酒井さんを6年ほど担当させていただいた(本書の応用編・日中韓の東アジア負け犬比較『儒教と負け犬』も面白さで全然負けていない1冊です)。『負け犬の遠吠え』刊行時の担当だった先輩はその後とても幸せな結婚をして四十代で二児の母となったし、他社においても酒井さんの担当はみなさん、負け犬から勝ち犬へ、芋虫がさなぎから蝶になるように華麗に羽ばたいて行くというジンクスがあるのだが……。ええ、そうです。コホン。私、みなさまの負け犬運を一人で引き受けさせていただいておりました。『負け犬』版元の担当として、そんなの当然の任務ですから〜!(部署も異動したし、そろそろ勝ちに行ってもいいですか……)
- 電子あり
嫁がず、産まず、この齢に。負け犬、今なお増殖中! 日本を揺るがしたベストセラーが文庫に! どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは「女の負け犬」なのです! 鋭い分析と、ユーモア溢れる文章で、同世代の本音を描き出した超ベストセラー。国内外で話題騒然、大論争にも発展した、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞受賞作。〈文庫版特典「オス負け犬たち4人との座談会」を収録〉
執筆した社員
井本麻紀【デジタルマーケティング部 40代 女性】
※所属部署・年代は執筆当時のものです
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