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「まさか父が!?」グリコ・森永事件、あれは自分の声だ!──超リアルな戦慄作
この小説は、『盤上のアルファ』で第5回小説現代新人賞を受賞した、塩田武士さんの新刊。
主人公はふたりの男。作中で扱われるのは「ギン萬事件」と呼ばれる犯罪。製菓メーカー社長誘拐からはじまる一連の、執拗な企業恐喝です。
そうこの小説は、実際に昭和の昔に起こった「グリコ・森永事件」を、巨大な舞台装置とする物語。
この昭和最大、と呼ぶにふさわしい未解決事件については、これまでもさまざまな形で取り上げられ、モデルとした小説、事件の真相に迫るとしたノンフィクション、テレビ番組が世に送られてきました。
またそうした“表”の活動だけではなく、さまざまな“裏の噂”も流出し、犯人グループの関係者を自称する人物がネットの匿名掲示板に「真相」を書き込んだり、CIAやロスチャイルド家が関わる壮大な陰謀論も展開されるようになっています。
「ギン萬事件」と名前は変わりますが、小説『罪の声』では、発生から終焉までの経過、時代背景、実際の捜査、そして「キツネ目の男」という犯人像から、事件後の噂、伝説にいたるまで詳細に現実に準拠し、圧倒的なリアリティを持って語られる。
しかも本作には他にない、本作ならではの視点があります。それは犯人グループが、子どもを巻き込んだことへの怒り。
実際の事件でも、企業への恐喝に子どもの声(とされる音声)が使用されました。これまでこの音声については、あくまで「証拠物件」としての視点が優先されてきたように思います。
しかし忘れてはならないのは“声”が存在する以上、声を発した子どもも実在すること。恐らくは犯罪に加担したことさえ知らず、利用された子どもが、実際にいたはずであること。
事件当時、マスコミ各社による報道協定が敷かれ、犯人グループによる脅迫の全容が明らかになるのは後のことでした(真実はいまだ不明ですが)。
しかし現在では、当時の脅迫音声もネット上にもアップロードされ、誰でも聴くことができるようになっています。
'80年代なかばにはじまったあの事件から30年以上が経過していますが、当時の子どもはもはや大人。もし彼が今、当時の脅迫音声、「罪の声」を聴いてしまったら。自分がなにも知らないうちに犯罪の道具として使われていたことを知ってしまったら。
誰が? なぜ? その瞬間から家族すら疑うことになる、厳しい旅がはじまるのではないでしょうか。
小説は京都でテーラーを営み、ごくふつうの生活を送っている曽根俊也が、父の遺品の古いテープレコーダーとノートを発見するところからはじまります。
テープに残された音声。それはあの事件で使われた声。そしてそれは曽根の、自分自身の幼い時の声だったのです。
父が犯罪に関与していたのでしょうか。しかし寡黙な先代であった父親が、あの事件に関わっていたとは、どうしても考えられませんでした。
その一方、大日新聞社では年末特集として、未解決に終わった「ギン萬事件」を取り上げる「深淵の住人」が企画されていました。文化部の記者、阿久津英二は、応援記者として駆りだされ、欧州に飛ぶことになります。
ふたりの男は、それぞれの立場から「真実」を追う。しかしひとりの男は、真実が明らかになることに恐れを抱き、もうひとりの男は、あくまで真実を明らかにすることに、執念を燃やす。
真実への恐怖。真実への渇望。おそらく、どちらも人間の本能なのでしょう。しかしやがてふたりは出会い、ついには目的をともにすることになります。
あれほどの大事件の、もっとも残酷な真実とは何でしょうか? 作者は、愉快犯としての顔を晒した犯人グループが、実際には冷酷で粗暴な面を持っていたことを指摘します。メディアを使って警察を嘲笑し、青酸入りの菓子をバラまき、企業を脅迫した大事件。そのもっとも残酷な真実とはなにか?
現実をモデルとしていても、この小説は事件の「答え合わせ」ではない。現実をも包含した歴史が展開されます。昭和史を遡り、そして現代へと連なるその真実を、ぜひ見届けてください。
阿久津は記者ですが、作者の塩田氏も実際に新聞社に勤務していたそうです。阿久津は警察担当に回され、疲弊し、現在は文化部。厳しい現場から距離を置きたかった普通の男が、やがて魂に火がついていく。その造形も魅力的ですが、彼が真実に迫る取材の過程、限られた時間、条件の中で取材対象と一問一答を繰り広げるそのやりとりは緻密でスリリングで、読んでいてめちゃくちゃおもしろかったです。
阿久津は残酷な真実を知った後も歩みを止めない。彼の火は、いつまにかの読み手の心まで熱くすることでしょう。
レビュアー
作家。1969年、大阪府生まれ。主な著書に〝中年の青春小説〟『オッサンフォー』、 現代と対峙するクリエーターに取材した『「メジャー」を生み出す マーケティングを超えるクリエーター』などがある。また『ガンダムUC(ユニコーン)証言集』では編著も手がける。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。近刊は前ヴァージョンから大幅に改訂した『僕とツンデレとハイデガー ヴェルシオン・アドレサンス』。ただ今、講談社文庫より絶賛発売中。
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