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「オートマタ美少女」と機械マニア少年のボーイ・ミーツ・ガール
(著:榎宮祐・暇奈椿 イラスト:茨乃)
『クロックワーク・プラネット』(以下、『クロプラ』)第1巻の帯には、こんなことが書かれている。
「回せ、運命の歯車を――
「時計仕掛けの惑星」を舞台に、
壮大なアクション&ファンタジーが幕を開ける!」
もし「時計仕掛けの惑星」というキャッチコピーに心の中の男の子成分が反応を示したら、帯から視線を上げて表紙絵をご覧いただきたい。ヒロインと思しき少女がいる。髪飾りは連結された歯車のようで、胸元にはメカニカルな懐中時計。散りばめられた題字に目を向ければ、「・」(なかぐろ)や「プ」の半濁点もギア、あるいはホイールのようなものを模していることに気付く。
――機械
――時計
――歯車
――人形
もしあなたがオートマタ大好きっ子や発条(ゼンマイ)仕掛けフェチであれば、もう説明の必要はあるまい。「『クロプラ』いいよね……」「いい……」とシンクロしていただけると思う。
だが、そうでなかったとしたら?
ご安心を。アニメ化企画が進行していることからお察しいただけると思うが、『クロプラ』は決して間口の狭い作品ではない。機械マニアの少年が可愛いオートマタの少女たちと出会って世界の運命を変えていく正統派ボーイ・ミーツ・ガールであり、自動人形・装甲兵等で構成された軍や謎の超巨大兵器との戦いは熱い。ラブストーリーやバトル物としても優れた作品であるがゆえに、「こういうの、初めてなんですけど……」と尻込みするあなたを魅了し、こちら側へ引きずり込むだけの「力」がある、と言い切ってしまっていいだろう。その全てを余すところなく説明するのは難しいが、ここはひとつ、作品と読者を繋ぐ小さな歯車になったつもりで、『クロプラ』の魅力をお伝えしたい。
●歯車で構築された世界
今ではあまり聞かなくなったが「社会の歯車になる」という表現がある。英語では若干規模が縮小して"A cog in a wheel."などと言ったりもするが、要するに、現代社会を巨大な機械(歯車)に見立て、その中に生きる我々を歯車(歯)という部品に喩えているのだ。
しかし『クロプラ』ではその喩えは異なる意味に転じてしまう。なぜなら、この世界の地球は1000年前に星としての寿命を迎えた際に、ある時計技師――通称『Y』によって「時計仕掛けの惑星」に作り変えられているからだ。
「見ていろ。わたしは世界の全てを、歯車で再現してみせる――」(1巻p16)
そうして、月の引力からエネルギーを取り出し、地球の重力によって運営される世界が誕生した。各国の都市は直径数キロから数十キロに及ぶ巨大な歯車の上に建てられ、《区画》(グリッド)として再構築されている。気候、重力等を制御する《大支柱》(コア・タワー)は、各都市の技師部隊や最高の技術者チーム『国境なき技師団』(マイスターギルド)によってメンテナンスされ、『Y』なき世界を1000年の長きに渡り延命させている。
日々の天気すら思いのままという夢のような世界だが、いいことばかりではない。あらゆる《区画》が歯車によって連結している以上、一つの都市に異常が出れば隣接する《区画》にも少なからぬ影響が出てしまうのは避けられない。最悪の場合、星そのものを救うために《区画》を丸ごとパージする必要に迫られることもある。第1巻では、そのような危機に見舞われた《区画》京都を救うため、ヒロインの一人、天才時計技師マリー・ベル・ブレゲが登場する。
●時計職人とオートマタ
オートマタ(西洋からくり人形)の語源はギリシャ語の"automatos"(自らの意志で動くもの)と言われている。
ただし、これは古代ギリシャの頃から西洋からくり人形が存在したという意味ではない。シンプルな仕掛けならともかく、人形に複雑な動きをさせるためには、エネルギーを蓄積するゼンマイや、同じ動作を繰り返すシステムの発展を促した自動演奏楽器の登場を待たなければならなかった。
我々の世界の歴史を紐解くと、芸術的なオートマタが作られるようになったのはどうやら18世紀から19世紀にかけてのことらしい。優れた技術を持った時計職人たちは、最新技術を人形作りに注ぎ込み、顧客である貴族たちのために様々なオートマタを作り上げた。そのムーブメントは各界に影響を及ぼしたようで、たとえば1747年、ラ・メトリという哲学者は『人間機械論』を刊行し、その中で人間を「時計仕掛けの人形」に見立てている。なぜ彼がオートマタを選んだかは定かではないが、恐らくこの頃にはもう、人間のアナロジーに使いたくなるほど精巧な人形が存在していたのだろう。
ならば、時計技師たちの生きる『クロプラ』の世界ではどうだろうか?
惑星を丸ごと歯車だけで動かすようになって久しいこの時代。今や、人体を歯車だけで再現することはそれほど難しい技術ではない。(1巻p44)
この通り、ごく自然にオートマタが登場する。二足歩行軽装型自動人形といった軍用の機体が多いが、第4巻では接客担当のオートマタも顔を出す。だが、その性能は我々の世界における18世紀頃のオートマタとは比較にならない。軍用機体の火砲は強力であり、接客担当ならば言語能力くらいは当然のように有しているのだ。
もちろん、世界を作り変えた時計技師『Y』も素晴らしいオートマタを残している。1000年後の世界においてすら規格外の性能を誇る彼女らは、『Initial-Y』シリーズと呼ばれており、みな美しい外貌と恐るべき力を兼ね備えている。第1巻では、その壱番機『付き従うもの』リューズが200年の眠りから目を覚まし、世界の運命を変える物語が駆動する。
●機械仕掛けの神?
設定ばかり並べているとまるで濃密な設定を楽しむ作品のように見えるかもしれないが、最初に申し上げた通り、『クロプラ』は間口の広い王道的なボーイ・ミーツ・ガールである。機械のことしか考えていない主人公・見浦ナオトの下へ、輸送中の事故により空から美しいオートマタが降ってくる。これがナオトとリューズとの出会いである。短時間でリューズを修理し、彼女のマスターとして認められたナオトは、天才時計技師マリーたちと『軍』の戦いに巻き込まれていく。
慣れ親しんだ「出会い」の物語だ。そこにアクション要素や機械的なものへのフェティシズムがパーツとして組み込まれ、読みやすい文体を潤滑油として回っていく。世界設定は少しばかり難解だが、仮に読み飛ばしたとしてもストーリーを追うのにさして支障はないし、なにより、ストーリーそのものが、細かいことが気にならなくなるくらい面白い。
ただ、筆者は何度か読みながら不安になった。『クロプラ』1巻冒頭の《区画》秋葉原襲撃は、1巻では全く触れられず、2巻に直結する。このトリッキーな構成に加え、天才たちによる超技術の大盤振る舞い、どんでん返しの連続、スケールアップしていく敵、そしてちょっと不安になる後書き……風呂敷を広げ過ぎて収拾がつかなくなってしまうのではないか? と。
ここで思い起こすのは「機械仕掛けの神」である。古代ギリシャの演劇で使われた手法で、舞台装置を用いて現れた役者が行き詰ったストーリーを強引に解決するというものだ。この手法は演劇における舞台装置の発展には貢献したが、言ってしまえば夢オチのようなものでもあり、アリストテレスにも批判されている。『クロプラ』も機械や仕組みの物語ではあるし、ひょっとしたら「機械仕掛けの神」ならぬ「時計仕掛けの神」でも出して、むりやり物語を収束させるのではないだろうか。
だが、4巻まで読み終えた今、そのような不安はない。
著者タッグ、榎宮祐&暇奈椿は安い解決に頼らないマエストロであった。放り投げられた全てのパーツは信じがたいほど綺麗に収まるべきところに収まり、「こんなんどうすりゃいいんだよ!?」という絶望的な状況が終盤のカタルシスに繋がっている。そう、『クロプラ』は設計図もなしに出鱈目に設定を配置した見切り発車の作品ではなく、言うなれば、大胆な発想とスイス時計の精確さを兼ね備えたマスターピースなのだ。
既刊・関連作品
レビュアー
ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと思い執筆を開始した。
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