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小学生の心と身体のゆらぎを繊細に描き、高い評価を得ている『放課後カルテ』。無愛想でコミュニケーション能力が低い《校医》が主人公というまったく新しい医療漫画にこめた思いとは? 10巻発売を機に、作者の日生マユ(ひなせ・まゆ)さんにお話をうかがいました。
兵庫県出身。2011年「BE・LOVE漫画大賞」入選。同年受賞作の『空夢に願う』でデビュー。本作が初連載作。好きなものは猫と象。
生きていてよかったと思えた
──『放課後カルテ』は日生先生にとって初連載です。コミックス10巻発売に際してのお気持ちをお聞かせください。
日生マユ(以下日生)よくやってこられたな? という感じです。実は編集さんから「校医の漫画を描きませんか?」と言われた時、読み切りだと思っていたんです。受けた後に連載だと知り、「はいって言っちゃたよ…」って(笑)。もともと医療漫画をあまり読んでこなかったので、まっさらなところからのスタートでした。わからないなりに誰が読んでもわかるものを目指しました。あと大学で教育学科にいたので、せっかく校医が主役の漫画なのだから教育にウェイトを置いたお話を描こうと思いました。その結果、小学生のお子さんから子供を持つお母様まで幅広い年代の方に読んでいただいて、これまで続けてくることができました。
──特に反響の大きかったお話はありますか?
日生:8巻〜9巻で取り上げた場面緘黙症ですね。この話は1巻が発売された時にエゴサーチをしていて、あるお母さんの「場面緘黙症はとりあげないのかな? でも心理的なものだから難しいかもしれないなあ」という書き込みがきっかけになっています。「自分の知り合いもそうだ」とか「昔こういう子がいた」、あるいは「自分がそうだ」という方など思った以上にたくさんの人が悩んでいらっしゃいました。漫画を読んだお子さんが「これ私のことだ」と言ったことで初めてわかったということも結構あったそうです。特に親子で読んでくれている方が多いお話でしたね。リストカットの時は同年代の子、大きな病気をしている子の話は、同じような境遇のお母様からよくお手紙をいただきました。
──先日サイン会をされたとのことですが、読者の方の感想で印象的だったことはありますか?
日生:皆さん、ご自身のお話をしてくださることですね。あとこの漫画を読んで夢ができたと言ってくれる人もいるんですよ。教育者、看護婦、養護教諭の先生、本当にたくさん。
──そういったお手紙をもらった時、どう感じましたか?
日生:とてもうれしいのと同時に、不思議な気分でした。私はあまり未来に希望を持っている子供ではなかったのですが、漫画はそんな私に夢を見させてくれる存在でした。だからいつの間にか自分がその立場になっていたことにすごくビックリしたんです。同じ学科にいた友人が教育者になる中、出来が悪くて道を外れた落ちこぼれの私がって。生きていて良かったと思いました。
教室の隅に光をあてたい
──『放課後カルテ』の魅力はなんといっても、子供たちの繊細な心理描写とリアルな学校生活だと思います。日生さんにとって学校とはどのような場所でしたか?
日生:楽しいことよりも辛いことばかり思い出します。特に中学校はとても荒れていて、バイクや放火、ガラスが割られて警察が来たりとめちゃくちゃでした。大人しかった私は、毎日ひどい言葉で攻撃されました。でも学校を休んだりしたら私がいないところで悪口を言われているかと思うと家にいても気が休まらない。とても学校を休む気になれませんでした。10巻の不登校の話で、れいかちゃんが言っていた__私は 保健室に行くのだっていや 私がいない教室のことを想像しちゃう 見張ってないと好きに言われる__というセリフは当時の私の気持ちそのままです。辛くて仕方ないのに毎日席につかなくちゃいけないし、友人にも誰にも相談できなくて、逃げ場所はありませんでした。成績もあまり良くなかったので先生が私のことを好きじゃないのも伝わってくるんです。小学校の頃は唯一好きな図工でも、自分では工夫のつもりでしたことが、先生には嫌がられました。写生大会では「言ったとおりに描かない」と言われたり。とにかく嫌だった。もう絶対行きたくないです(笑)。
──『放課後カルテ』には、「学校に行きたくない」と思っている子が多く登場します。日生さんご自身の経験に基づいていたお話はありますか?
日生:4巻の野外学校で羽菜ちゃんがいじめられる話は、私の実体験がもとになっています。仲間外れにされてしまい部屋にもお風呂にも入れませんでした。私が泣き出すまで大人は誰も気づかなかった。先生が気にかけるのって、目で見てわかりやすい子ばかりでした。でも傷つかないために黙る子もいる。黙っている子の方が危ないこともあるんです。教室の隅にいる私のような人間も、口には出さなくても色んなことを考えていました。誰にも聞かれないから話さないだけなのですが「のんきな奴だ」なんて言われたりして。でも「ちゃんとそこにいること」に気づいて欲しかったんです。
──『放課後カルテ』は、そういう言葉にできない子たちに光をあてることも多いですよね。
日生:子供の頃、かわいい女の子が出てきて恋をするような少女漫画が読めなくって。あれって出てきた瞬間に「コイツは結ばれる……」ってわかるじゃないですか(笑)。そんな中、太っている女の子が主人公の話があったんです。その頃はそんな少女漫画は珍しくて「こういう子だったら私も共感できるのに」と子供ながらに思いました。自分と近いリアルな物語が欲しかったんです。だから私と同じような子にとって、この漫画もちょっとでも手助けになったらいいなって。
──学校や先生には悪い思い出ばかりとのことですが、逆に良い意味で記憶に残っていることはありますか?
日生:3年生の時の先生はすごく良い先生でしたね。40代くらいの女性の先生で、お子さんを亡くされている方でした。私たちを集めて「皆のことを自分の子供のように思っているよ」って泣きながら話してくれた時のことはすごく印象に残っています。あと「6年生を送る会」のために鳥の形の紙にメッセージを書いた時、私はこのままだとつまらないなと思ってバラの花をつくって鳥にくわえさせたんです。そしたらそれを見た先生が「あなたは素晴らしい」とほめてくれて、しかもギュッと抱きしめてくれたんです。言われてないことを勝手にやっちゃったのに抱きしめられた私はビックリ。ほめられることがほとんどなかったので。でもこのたったひとつの経験でも大人になってもずっと心の支えになっています。そういう積み重ねが大切だと思いますし、『放課後カルテ』ではそこを丁寧に描いていきたいですね。
物語の主役は病気ではなく、人間
──作中には病気や悩みを持った子供たちがたくさん登場します。お話をつくるうえで気をつけていることはありますか?
日生:まず題材を探す時、医療面と教育面を考えるのですが、でもそれを描きたいがためにキャラクターたちを動かさないようには気をつけます。大事なのは「どんな子を描きたいか」ということで、病気や物語に人が引っ張られるのは違う。「実際にこういう子がいるのだろう」と読者の方に想像してもらえたらと思いながら描いています。あと、この漫画では否定も肯定もしないと決めています。漫画の中で描いたことが絶対によいことだとは思わないですし、不登校を否定するつもりもありません。問題はそうではなくて、なぜそれが起こったのかと考えることだと思うんです。問題を抱えた子供たちには自己肯定感がもてず、学校にも家にも自分はいない方がいいんじゃないかという思いを抱えている子もいます。そういう子たちが「ここにいていい」と感じられるためにはどうしたらいいのか、何をしたらいいのかを考えることが大切だと思っています。学校に行かせようとか、リストカットをやめさせようとしても根本的には解決しないんです。
──特に難航したお話はありますか?
日生:リストカットをしている羽菜ちゃんの話です。資料本を2冊買って読み込んでいた時、あまりの壮絶さに涙が止まらなくなり、数日熱が出てしまいました。完全に彼女の気持ちになりきってしまってすごく辛かったです。同時に彼女が何を言ってもらったら幸せなのだろうか、どうしたら救われるのかっていうことをずーっと考えていましたね。
──羽菜ちゃんに対し、5巻で口下手でコミュニケーション能力に乏しい牧野先生が「お前を助けたい」と自分の思いをさらけ出したシーンはグッときました。
日生:あれは牧野先生の一大決心とも言えるセリフでした。あれは彼が成長したから出てきたセリフなんです。
──1巻の牧野先生は絶対に言わないセリフですよね。
日生:連載当初は牧野先生が本当に描きにくくて大変だったんですよ。でも4巻くらいで「こいつを人間らしくしてやろう!」ってがんばったら、表情も柔らかくなってきて大分描きやすくなりました。時々取材させて頂いている先生のお話が印象的で。児童とふたりきりで話したときに、「先生だって弱いよ。大人もいっぱい失敗するんだよ」と自分の悩みについて話したら、ずっと黙っていた子供も、自分のことを話してくれたそうです。この漫画の大人も、子供たちと同じ目線で描きたいと思いました。大人は子供たちの延長線上にいることで、お互いが同じ場所で同じように考えていた時のことを考えられたらいいな、と。
──実際に教師をしている方のお話で、他に印象的だったことはありますか?
日生:「最近の子ってどう?」と聞いた時、「何も変わらない」と言われたことでしょうか。見た目や考え方も大人っぽかったり色んなものを持っていたりするけれど、蓋を開けたら皆無邪気なんだそうです。“子供らしい”という言葉は好きではないけれど、遊んだり笑っていて欲しいなと思っています。だから9巻で中学受験をする峯くんという子のお話を描いた時、マラソン大会で思いっきり走って友達と競い合う彼をどうしても描きたくって。彼は自分の意思で受験を決めたので、勉強をがんばっていることは決して悪いことではありません。でも、それでも、笑っていて欲しいし、悩んだり苦しんだりするためだけに今12歳を生きているわけじゃないって思うんです。
想像することが一番大事
──10巻のあとがきでは__『想像する』ことが一番大事だと思っている 無関心や誤解を生まないために知ることと想像すること 自分自身を省みながら漫画で伝えたいと思っている__と書かれていたのがとても印象的でした。どうしてそう考えるようになったのでしょう?
日生:実はこの漫画は罪滅ぼしでもあるんです。昔、私の友達でリストカットをしている子がいました。包帯をぐるぐる巻きにしているその子を見て、見せびらかしているように感じましたし、何をやっているのかも理解ができなかった。一緒にいることを求められるのが重荷で、拒むこともありました。そうしているうちに縁が切れてしまって……。「あの子に何があったのだろう?」と今考えてもわからないんです。あの時、少しでも一個一個の言葉の意味を想像できる頭があれば嫌な関係にもならなかったかもしれないし、あの子も変わったかもしれない。私の前からいなくなることもなかったかもと思って。
──相手の言動から事情を慮るということですね。
日生:そうです。なぜこの人は自分を攻撃してくるのかなど、言動の裏やその先にある思いを想像すると見えてくるものがあると思います。逆に自分が言ったことを相手がどう受け取るかを考えることも同じです。今インターネットなどで会ったこともない人を簡単に誹謗中傷をする人が増えていると聞きます。学校のいじめもそうです。だからこそ、少しの想像力で解決することができるのではないかと思うんです。
──最後にあらためて『放課後カルテ』にこめた思いをお聞かせください。
日生:ずっと教育をからめたお話をしてきましたが、この漫画を読んで学んで欲しいという大それたことは思っていません。今答えを出せなくて悩んでいる人のほんの少しの足し、未来が見えない人のちょっとの手助けになればいいなという気持ちでいます。また、自分の周りの悩んでいる人のことを考えるきっかけになるのでもいい。ほんのちょっと、何かのきっかけになればいい。読んだ次の日に、少しでも希望のある方向へ変わる、とっかかりになれたらうれしいです。
文/松澤夏織
拒食症、ナルコレプシー、ベル麻痺──……、小学校にはあなたの知らない病気で溢れている。子供たちの未来を守る最後の砦「保健室」に謎の問題医・牧野先生がやってきた! 小学生たちの身近に潜む、名も知らぬ病気の数々──。口も態度もでかい謎のドクター・牧野先生がだれもが見落としてしまう小さな病気のサインに、どこか冷めながらも(?)向き合うようですが……!?
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