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事故で「隔離され、滅びゆく町」で生きる。老若男女の希望は何か?

花井沢町公民館便り(1)
(ヤマシタトモコ)
2016.01.06
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2055年5月15日、あるシェルター技術の事故に見舞われ、花井沢市花井沢町1丁目から2丁目あたりの一帯は、生命反応のある有機体を通さない透明な膜に覆われてしまう。それ以降、〝中〟にいる人は〝外〟に出られなくなり、〝外〟の人たちも〝中〟に入れなくなった。

完全に隔離された、あと200年くらいで滅びるであろうという前提の町。そこで暮らす人々の姿を描き出す物語だ。

今日日ネット上では、チヤホヤされていた人でも粗が明るみに出ると炎上し、一瞬でバッシングの標的となるのが当たり前。第5話に登場する青年は、「将来ってなに?」とまったく将来に希望を持っていない〝中〟の住人だが、ファッションが大好きで、Twitterでコーディネートを投稿しては大きな反響が集まることを歓びとしている。ただ彼があるきっかけで〝中〟の人間だと気づかれてしまってから、毛糸玉がほころぶように、するするとネット上のファンたちが手のひらを返していく。「一度も実店舗行ったことないやつがオシャレとかwwwwww」「ウソついてたのにはガッカリ(>_<)」と、浴びせかけられる心ない言葉の数々……。彼は怒りとも恥じらいともとれる表情を浮かべた後、画面をシャットダウンする。

思いがけず炎上してしまったことで気を病んでしまい、アカウントを消してしまう人は現実にもいる。姿が見えないから激しい批判もしたり、嘲笑したりもしやすいのかもしれないが、画面の向こうにいるのは同じ人間。自分の日常に置き換えて、そうしたことを改めて考えさせられる1編でもある。

このほかにも1巻には8つのエピソードが掲載されている。唯一の身寄りである祖母を喪い、町で最後の住人となった女性、アイドルグループのライブで「勇気をもらった」と言われ醒めてしまう女子中学生2人、10歳の頃から同じ女性に付きまとわれている男性……。どこにも行けない、という状況はとてつもない絶望に包まれそうなものだが、〝中〟の人たちは普通に日常を生きている。ただ、ここが滅びる町だと、心に常に諦めを同居させているのは確かだ。それゆえの悲しさが、めくるページめくるページ、いずれにも漂っているのを感じ、こみ上げてくるものがある。

ある家が空き巣に入られる第3話では、「どうするんですか この町に警察いないんですよ!」と声が上がり、町内会の人々が自警団を結成。まさに〝ザ・町内会のオジさんたち〟と言って差し支えない、中年男性たちがたくさん描かれている。

これまで色気のある男性を描いたボーイズラブや、胸がヒリヒリとするような女性向けマンガでファンの心を掴んできたヤマシタさん、彼女がデビュー10年を超えて、SFという題材にチャレンジし、老若男女、実に多様な人物造形を巧みに描き出しているのも、本作の見どころのひとつだ。

各エピソードごとに時系列は大きく異なっているが、それぞれ事故から何年後なのかは、扉ページに描かれている公民館で暗示されている。建てたてピカピカの状態のものもあれば、もう廃墟のようにボロボロになってしまっているものも。時間軸に沿って並べたら、ミステリアスな物語の構成を把握する助けになることだろう。

まもなく発売される2巻にはどのような人々のエピソードが詰め込まれているのか、楽しみに待ちたい。

既刊・関連作品

レビュアー

中野楓子

ライター・編集者。特技は過去にあった出来事の日付をいちいち覚えていること。好きな焼き鳥は砂肝。

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