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気配。予感。妖怪が人間に伝えたいこと。

のんのんばあとオレ
(著:水木 しげる)
2015.11.12
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誰もいないはずなのに、どこからともなく音がする……。
見えないはずなのに気配だけは感じられる……。
道ばたの小石が語りかけてくるものがある……。
予感とも言えないけれど胸騒ぎがする……。

これは水木さんが少年時代に身近に感じられたことです。子ども同士のケンカが日常茶飯事であったように、こんな不思議なことが満ちあふれていました。主人公しげー(茂)にその不思議の正体をおしえてくれるのが、のんのんばあでした。
のんのんばあはその土地の伝説や伝統、口承などを受け継いだ語り部なのかもしれません。

暗い夜道になにがいるのか、もし悪さをするものがいたならそれはどうしてか……。人間の狭い了見(?)を超えたあるものがいたるところにいたのです。
しげーの前に姿を見せる妖怪たち、それは恐怖をあたえるだけではありません。
しげーに生き物として人間はどう生きるべきかを教えてくれるものでもあったのです。どのようにケンカをすべきかということから、少女の死をどのように受けとめればいいのかを教えてくれるものでもあったのです。

のんのんばあに教えられ、しげーは妖怪が人間に伝えたいことも分かってきます。仲良し(?)になった小豆はかりはしげーに生きる極意を教えてくれます。
「すべてのものが運命に定められた存在なのだ」
「長い時が理解を深めるとは限らない。一瞬は永遠であり永遠は一瞬である」
それは、しげーにとってすぐに分かることではないかもしれません。少年期を過ぎ、青年そして成人となるその中で気づいていくものなのでしょう。
妖怪たちは伝えたいことだけを伝えて去って行きます。恐ろしさだけを残していくこともあります。けれど時には勇気や元気をあたえてくれることもあります。
そして人には別れ(死別)というものがあるということも……。
妖怪はしげーにとって〝感情教育〟となっているのです。
〝豊かさ〟という以上のものがこの世界にはあります。

そして今、その〝豊かさ〟は失われてしまったのでしょうか。懐かしく思える人も減っていくばかりなのでしょうか。
そんなことはありません。ここにのんのんばあがいたら、高層ビルの中にも、人いきれで混み合う地下街にも、さびれたシャッター街にも、なにものかがいると教えてくれるに違いありません。私たちにそれを感じ取れる心があるうちは……。

ところでなんともいえない味わいを感じさせるしげーの父親が素晴らしいです。
「人間にとって大事なのは中味だ。バラの花は他の名で呼んでもいい匂いがするし、ライオンを他の名で呼んでも勇敢さに変わりはない」
「強さ弱さというのは力じゃないだろう。いくら力が強くても気持ちまでおさえつけることはできないだろう」
「何がつらいといって親しい友を救ってやれないことほどつらいことはないんだ。でもな茂、不幸の中にも何らかの幸せの芽はきっとあるはずだよ」
この父親の素行もおもしろいです。それを知ってこの父親の言葉を読むと……絶品です。

既刊・関連作品

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。

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https://note.mu/nonakayukihiro

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