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不可解なメッセージによって「イタズラ」は「事件」へと姿を変える。陶芸家の死。十三年前の刺殺事件。共通するキーワードは「道徳」。犯人は? 動機は? 次々と出てくる魅力的な謎がページをめくらせる乱歩賞受賞作品!
第六十一回江戸川乱歩賞受賞作品『道徳の家』の主人公は、ビデオジャーナリストの伏見祐大。この伏見という男はすこぶる口が悪く、性格も捻くれていて、鯨幕(白と黒の布を交互に縫い合わせた葬儀などで使われる幕)を見ると反射的に腹が減るという罰当たりな人物でもあります。そんな彼が妻子とともに暮らしているT県鳴川市で、連続して「イタズラ騒ぎ」が発生。
当初、イタズラは子供の悪ふざけぐらいに思われていたのですが、ある日、道路に放置されていた段ボール箱が車に潰され、箱の中に閉じ込められていたウサギが無惨な死を遂げた出来事をきっかけに、取るに足らないと考えられていたイタズラは、ただならぬ「事件」へと変貌してゆきます。
段ボール箱には「生物の時間を始めます」と書かれた謎のメッセージ。
次に起こった事件の現場にも「体育の時間を始めます」と書かれた類似のメッセージが……。
さらには、自殺したと考えられていた陶芸家の自宅の壁にも、
「道徳の時間を始めます。殺したのはだれ?」
同一犯の仕業と思しきメッセージが残されていた。
しかしこのメッセージが残された時期と、陶芸家が死亡した時期にはなぜか大きな時間差があり、しかも、メッセージが書かれていた場所では不可解な状況が。
『道徳の時間』という作品は、もうこれだけでもミステリとして充分魅力的です。それに加えて、この作品にはもうひとつ大きな謎があるのです。
十三年前、鳴川市の小学校の講堂で、二十四歳の若者が講演者を刺殺した事件。目撃者は講演を聴いていた教師や児童、保護者などおよそ三百人。
そのとき逮捕された若者・向晴人は裁判でこう証言します。
「これは道徳の問題なのです」
ここでも「道徳」……。過去と現在、ふたつの事件に共通するキーワード。
主人公の伏見は、十三年前に起こった刺殺事件のドキュメンタリー映画『クエッション・オブ・モラリティ』を撮影することになり、向はなぜ事件を起こしたのか、そもそも「向晴人は本当に殺人犯なのか?」という疑問に突き当たります。
いちミステリファンとしては、たまらない設定であり展開。
もっとも『道徳の時間』の魅力は、そうしたミステリとしての設定・構成・リーダビリティーにとどまりません。
しっかりと人間を描いていること。
それにより物語は重層的な構造をなし、それが結果的に推理小説としての面白さにも繋がっています。
ああ、だからでしょうか。
本作を読み終えたあとも僕の心に残り続けたものは何かと言うと、ある登場人物に関するバックグラウンドでした。小説家志望の僕は、今年に入って書いた長編のキャラクターに、同じような設定付けをしていたために余計に印象に残ったのでしょう。
そのバックグラウンドの詳細は『道徳の時間』のネタばらしに繋がる可能性があるので割愛しますが、本作ではそのネタが有する後ろめたさやネガティブな要素をストレートに、やや大袈裟に描いていた印象です。それでいて、まったく押しつけがましさを感じず、食傷気味にならないのは、表現や設定が多少大袈裟であっても執拗には描写していないからでしょう。そうしたバランス感覚は、時事ネタなどの社会性を盛り込みながらもエンタメであろうとする作品のお手本のようでもあり、素直に上手いなと唸らされました。
――あっ、なるほど。つまりはそういうところが、この作者の凄味なのかもしれません。魅力的な謎を生み出す想像力や作者のストーリーテリングの上手さなどは、たぶんまぐれではないはずです。言わずもがな、それらは決して簡単なことではなくて、個人的には「技術」だと思っていますから。
そんなふうに感銘を受ける一方で、実を言うと、作者の文章に関してはちょっと癖が強すぎるな、向上の余地がだいぶあるなと、自分のことを棚に上げて思ってしまいました。しかしそれは、ささいな欠点です。ささいな欠点だと思わされるほど、本作を読み進めていくうちにページをめくる手が止まらなくなって、一切気にならなくなった。欠点が長所によって見えなくなる、忘れさせてくれるのは、いい作品、面白い作品に共通する特徴だと思います。
未熟と思うか、伸び代があると感じるか。
『道徳の時間』の作者・呉勝浩さんに関しては、まさしく後者でした。これで文章まで洗練されてしまったら、はたしてどんな作家になるのか楽しみで仕方がない。
「この作者には期待がおおきい」
選考委員のひとりである石田衣良さんも選評でこう述べています。
呉勝浩さんはきっと売れっ子になるぞ、というのが僕の期待であり予想。本作の終盤に明かされる「とんでもない動機」さえも楽しめた読者なら、きっとみんなそう思うのではないでしょうか。早ければ『道徳の時間』が文庫化される頃には、人気作家の仲間入りを果たしているかもしれません。
幸せな読後感の中、そんな未来を幻視してしまうほど面白い作品でした。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。
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