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“国”だけあって“自分”はなかった。まるで“国”にいじめられているようだった昭和の歴史
(著:水木しげる)
「なんでも勇ましいのが運がひらけるのだとカン違いされ、口をひらくと“忠君愛国”。“国”だけあって“自分”はなかった。“自分”をもっていてはいけないのだ。“赤紙”がくれば喜んで死ぬのが良き“国民”だとされ、昭和初期の人はあれやこれやで、なんだか“国”にいじめられているみたいだった」
生死をさまよう戦場からの生還を遂げた水木さんの自伝的大長編の末尾近くに記された言葉です。
9歳の時に勃発した満州事変、19歳の時に太平洋戦争開戦、21歳で召集後、南方戦線(ニューブリテン島)へ派遣、23歳で迎えた敗戦……、そして戦後の日々……。
この本は、水木さんの自伝というだけでなく、そのまま、観念や理論ではなく庶民の実感が描かれた昭和史となっています。個人史がそのまま普遍史になっているという希有な例のひとつではないでしょうか。
戦争の勝利に餓えや貧乏からの脱出の望みを賭けていた人々。正義の名の下に戦争を許し、あるいは進んで加わった人たちもいました。
そして戦勝の知らせに湧く人々たち。出征兵士を万歳の掛け声で送り出す一方で、無事を祈り千人針を縫う家族の姿。
水木さんは皇軍、皇軍と体裁ばかり気にして、皇軍どころか酷軍でしかなかった軍隊生活をおくることになります。そこで待っていたのはビンタ(体罰)と酷使の日々でした。その上、戦況が不利になると、敗退・退却を転進といいかえるご都合主義。さらに全く理不尽な玉砕命令や特攻命令……。もちろんすべての軍人がダメだと描かれているわけではありませんが……。
「「昭和史」というとぼくはいつも戦争を思い出してしまう。軍国主義こそは日本を巻き込む大きな不幸だった。……みんな腹すかして死んだ……」
餓えは戦闘死よりも多かったのです。
その中を生き抜いてきた水木さんの言葉はとても重たくそして大きく私たちの心に響いてきます。
「昭和の前半は「戦争」後半は「平和」。まるでどちらが幸福になるか見本みたいな時代だった」
水木さんの眼は「戦争」が「幸福」をもたらすかもしれないと思っていたことがあったことを見逃しません。それは同時に「平和」がそのまま「幸福」に直結するわけではないことをも示唆しています。
「一般のサラリーマンは心身ともに豊かでない。“会社”だけが豊かになっている感じ」、であり、さらに
「私はいつも「南の友」に会うたびに“日本にはない豊かさ”を感じてかえる。人間同士の関係、非商品的な関係というものが生きいきと存在し、日本のように競争による効率を重んじ、物や人の商品化、使い捨て、画一性、そういったものはない、奇妙な方々ばかり……」
南方の人々との交友がもたらすものを記しています。ここに古びない真実を感じてしまいます。そして私たちが再び愚行を繰り返さないためにも読まれるべきものなのではないでしょうか。
戦後レジュームからの脱却をいう安倍首相が、その始まりにあったポツダム宣言を「私はまだその部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちにそれに対しての論評をすることは差し控えたいと思います」という信じられない「読んでない宣言」をしました。このような答弁(認識)を国会でする首相が作ろうとしている国はどのようなものなのでしょうか。注視する必要があると思います。さらに「私が総理大臣ですから」云々の安倍首相発言も、肥大化した行政権力の強大さをはからずも明らかにしていたように思えてなりません。
「“国”だけあって“自分”はなかった。“自分”をもっていてはいけないのだ」
このような日本にさせないためにも私たちが考え、注視し続けなければならないという思いを強くさせた一冊でした。
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