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2023.10.16

レビュー

いつか全員をブチ殺すことを夢想する中学生──。殺戮の快進撃は止まらない!

「殺したい!」

いじめられっ子の頭のなかには、そんなシンプルで力強いフレーズが常に渦巻いている。これが「死にたい」とか、「なんでもいいから苦しみを紛らわすために事件を起こしたい」とか、そういう方向に行ってしまうのは悲しいが、その点、本作の主人公である中学生・薬師丸悠はいたって健全(?)である。

とにかく、ぶっ殺したい。いじめっ子たちを血祭りにあげたい。このヌンチャクで。

稀代のホラー漫画作家・うぐいす祥子が「メジャー感のある少年漫画を」というオーダーを受けて生まれたという本作は、やはり一筋縄ではいかなかった。もしもそんな鬱屈した思いを抱えた中学生が《殺ってもOK》な理屈≒設定と能力を手に入れたら? もちろんそこには倫理的・社会的な問題が立ちはだかるわけだが、そんなことは別にいいじゃないか!と、中学生の無邪気さでさっぱり突き抜ける爽快さと痛快さ、コンプラ的に微妙な問題性もシニカルで軽やかな笑いに変えてしまう作家の強さが、本作には満ち溢れている。ある種の「少年少女の夢」を叶える、新たな冒険ヒーローアクションの誕生といえよう。

ある日、悠は体育の授業中、全身を炎に包まれる。それは彼だけが感じた死にも似た衝撃だった。以来、悠の体からは「殺意の炎」がたびたび燃え上がるようになり、同時に彼だけに本性が見える「怪物」への殺害衝動にとり憑かれてしまうのだった。無我夢中で最初の殺しを経験してしまった彼の前に、思いがけない仲間が現れる。バス停でたまに見かける高校生のきれいなお姉さん、朝倉先輩だった。

「君も手にしたのね」

殺意とともに湧き上がる炎は“選ばれし者”(セレクテッド)の証、正義の炎。そして彼らだけに見える怪物の正体は、外宇宙からの侵略者“隠れし者”(ヒドゥン)。セレクテッドは超人的な再生能力を備え、その力を使って人類のためにヒドゥンを駆逐する。死んだヒドゥンの肉体は跡形もなく消え去るので、倒しさえすれば証拠は残らない。つまり、「殺るべきやつは殺ってよし」な状況を手に入れたわけだ。だったらもう遠慮はもういらない!



なんと都合のいい設定なのか、いや楽しいけど、と思いながら読んでいると、単行本1巻のラストあたりで恐ろしいどんでん返しが待ち受ける。そして、ここからが本番だ!というワクワク感もグッと倍増する。何しろ主人公の悠くんは、どんなに衝撃的な事実を知っても「そんなことより殺したい!」という欲求が上回ってしまうスポットレス・マインドの持ち主なのだから(鬱屈を抱える一方で、おそろしく前向きで自分に甘い性格が、第1話の登場シーンから伏線的にバッチリ示されるところがうまい)。なんとも今後の活躍が期待できる頼もしさではないか。よく少年漫画に「荒(すさ)んだ心の傷口につけこまれて悪霊にとり憑かれ、暴走してしまういじめられっ子」みたいなサブキャラが出てくるが、ヒーローになるべきはそっちじゃないのか、という提言にも思えてくる。

いわゆるキラーショット=インパクト絶大なキメ画が満載なのも本作の大きな魅力。劇中、ブリーフ一丁の川俣軍司風スタイルで“初仕事”に挑む悠くんの危なっかしい雄姿は『キック・アス』を彷彿させ、イケナイ笑いを誘発すること必至である。そして、太陽のごとく眩しい笑顔でミッション・コンプリートを宣言する悠くんが、しっかり可愛く見えるところも素晴らしい。うぐいす祥子の卓抜した画力と、スマートな悪意の稀有な融合がなせる技だ。もちろん他の追随を許さないホラー漫画作家らしく、本気でエグい肉体損壊描写も待ち受けているので、お楽しみに。



どえらい美少女だがやっぱりどこかおかしいヒロイン・朝倉先輩の見せるアクションシーンのかっこよさも、悠くんの泥くさい血みどろ肉弾戦とのコントラストと相まって、たいそう魅力的だ。
高橋葉介の一連の怪奇漫画、あるいは福満しげゆき『生活』といった名作群からの美しい伝統、また映画『ヒドゥン』『マルチュク青春通り』などからのリファレンスを感じさせるところもあり、ジャンル愛の横溢した語り口が楽しい。そんなジャンルものとしての安定した面白さも散りばめられつつ、前人未到の「明るく楽しいサイコパス少年ヒーロー漫画」という、とんでもない境地に達しそうな予感もある。ぜひともメジャー級ヒットを飛ばしていただき、国会で問題になるくらい世に物議を醸してほしい快作だ。そのときは「ボッコロ、読んだ?」がみんなの合言葉である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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