本当に怖いのは、すぐ怒鳴ったりキレたりする人ではなく、冷静に淡々とコトを処理していく人。そんなことを感じさせてくれるのが、『誰が奥寺翔を殺したのか?』という不穏なタイトルの本作。
舞台は、1990年代半ばの「どこへ行っても知った顔 しがらみだらけ」な田舎町。外に出ることなく、皆が家業を継ぐ狭いこの場所で、高校のうちに名を売ってカースト上位に立ち、その後の人生を(田舎町の中において)有利に過ごしたい。そんな小さな、でもある意味重要な目標のもと、どこにでもいる不良たちが通う、川坂高校。
そこに転校してきたのが、本作の中心人物であり、物語が始まる1994年から約1年後に殺されてしまうらしい、奥寺翔という男子。
「ちょっとクールな優男」に見えますが、実はこの直前、クラスメイトの不良・城場(ぎば)と丸茂に対して不敵な笑みを浮かべて神経を逆なでするというシーンも。
席に着く際には、丸茂に向けたトドメの「ニヤリ」で早くも只者ではない雰囲気が伝わってきます。
転校早々、奥寺と城場たちの間に生まれた因縁はさらに発展します。前の学校で剣道部に入っていた奥寺は、この高校でも剣道を続けるべく、校内の不良のたまり場となっている剣道場に乗り込みます。
荒れている剣道場を前に、片づけようと提案する奥寺ですが、城場や丸茂ら不良たちが同意するはずもなく。奥寺の「僕が勝ったら言う通りにして欲しい」という提案で、丸茂と剣道対決することに。不良が負けて従うとも思えませんが、そもそも強そうには見えない奥寺に負けるなど、1ミリも思っていない丸茂です。
いざ、勝負。剣道部員ならではの堂々たる構えから……
いくら不良でも、剣道素人が経験者にはかないません。歯が吹っ飛ぶほどのダメージを受けながら、まだこれからといわんばかりに食ってかかる丸茂に対し、奥寺の竹刀が容赦なく降り注ぎます。
啖呵を切るわけでもなく、罵詈雑言を浴びせるわけでもなく、淡々と竹刀を振り下ろし、丸茂をなぶっていく奥寺。インターハイ出場を目指し、剣道部に入部するという目的と、不良たちから剣道場を奪い返すため剣道対決するという手段には少年漫画の青春な味わいが漂いますが、本作での描写に爽やかさはありません。奥寺、やりすぎです。
このあと、剣道を捨ててケンカ勝負を挑んできた城場にボコボコにされてしまう奥寺ですが、その翌日――
荒れ果てた道場をキレイさっぱり整えて、傷だらけの顔で平然と登場。たくましいとか図太いという基準とは異なる、もはや不気味なまでの真っ直ぐさに城場たちもあ然。
人は、まず感情があり、それを理性でコントロールする生き物と言えます。たとえば「むかつく」「憎たらしい」そんな感情から相手を殴ってしまう、思わず手が出てしまうというケースもあるでしょう。しかし奥寺からは、その感情が見えません。笑顔は浮かべますが、どこか異質なもの。
丸茂を竹刀でボコボコにしたのも、決して丸茂が憎いからでも、彼に腹が立っていたからでもない。
奥寺のここまでの行動はシンプル。明確な目的をもち、その達成のために残虐性をにじませながら邪魔なものを排除する。
田舎町での処世術を語り、ときに冷静に場の状況を理解して解決策を提案する、そんな不良の城場のほうが正直、感情移入しやすいです。
城場をターゲットに、他校の不良が襲ってきた際には、呼ばれてもいないのに遅れて颯爽と登場する奥寺。
丸茂がそうだったように、その外見からめちゃくちゃ舐めてかかる他校の不良たちですが……。
金属バットによる渾身の一撃で相手の膝を躊躇なく破壊。
(ここまでやるのか!?)というこの城場の表情。どう考えてもまともなのは奥寺ではなく城場です。
「どうして」殺されたのか、という点では、すでにここまでの奥寺のヤバイ言動からその可能性を感じさせますし、おそらくこれからの行動も数々の火種を生みそう……。では一体「誰が」殺したのか、という謎の答えはまだまだ見えてきません。転校理由にもなった両親の事故死にも何やら秘密がありそうで。
この物語の先にある「奥寺の死」を目にした自分が、そこに悲しみや哀れみ、憤りを感じるのか、それとも安堵するのか。1巻の時点ではなんとも言えません。
何を考えているのか、何が目的なのかがわからないゆえの怖さを漂わす奥寺翔。得体のしれないキャラクターの行く末を、固唾を飲んで見守ることになりそうです。
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009