この3人、どこへ向かうんだ?
「はいはい、次はこうなるのね」がまったく通用しないマンガだ。人間が3人集まるだけでここまでカオスになるのは結構すごい。
『俺の初恋の人が兄とフラグを立てまくってつらい』の「俺」こと“結人(ゆいと)”は、中学1年生にして恋を知る。
ああ、このページの全部が光ってる。結人は病院へ向かうバスの中で出会った“摩玻(まは)”に一目惚れ。前後のページで描かれる摩玻の美しさといったらない。光ってる。
そしてこのバスには、もう一人ある人物も乗っていた。
結人の兄・“一志(かずし)”。結人は幼いころに大病をしたようで、今でも大きな病院への通院を続けている。で、一志はその付き添い。なるほどね、弟思いのお兄ちゃんが医者を目指ざす感じのマンガだ……と思いきや、
「立派なことを考えている」と弟に見透かされている。このライバル関係のフラグが、先ほどの美少女・摩玻の登場によってカオスと化す。
一志を「推し」と崇め、オタクの早口でその思いをまくしたてる摩玻。一志はどうも摩玻にフラグを立てたらしい。
結人が一目惚れをしたあの日、結人の初恋をよそに摩玻は熱中症でぶっ倒れ、一志に助けられたのだ。で、具合の悪さそっちのけで「はわわわわ」。
その一部始終を目撃していた結人と、
兄・一志だけじゃなく弟・結人のこともガッツリ見て推すと決めてる摩玻。いわゆる箱推し(=グループの全員を推すこと)だ。ところでなんで「推す」なのだろう。結人のように一目惚れをしてもいいのに。ここにもまた人間くさい理由があるのだ。
恋愛は繁殖の予行演習
「推し」への思いがあふれて暴走を続ける摩玻はどんな人物なのか。
福島県のトップ高校から編入した医学部志望。本作は2011年に起こった東日本大震災のあとの世界であることが、ごく自然かつ明確に描かれる。
「10年以上ぶりの海」に胸が痛くなる。
摩玻は、一志と結人に目をキラキラさせヨダレを垂らさんばかりの自分の行為は「推し」へのふるまいであって、恋愛ではないと豪語している。
むしろ恋愛にまったく興味はなくて「繁殖の予行演習」とさえいう。
厭世的ってわけでもなく、とにかく恋を信用していない。摩玻はいわゆる「強い人」だけど、その鉄壁ぶりが妙に人間くさい。摩玻が掲げるゴリゴリの信念は、ときどきアンバランスにも見えるからだ。
たしかに一理ある。きっと、いろんなことを考えに考えて、この境地に至ったんだろうな。で、恋愛否定派の摩玻を前に結人は……?
摩玻の姿が好き、そして中身も好き。恋が続いている。そして彼もまた、摩玻と同じく何かが過剰な人間なのだ。恋に焦るあまり、とても危ないことをしようとする。
そんな弟を心配する兄。ちなみに兄は「医者になって弟を助けるんだ」なんて思っているが、成績は落ちこぼれ。今のままじゃ医学部進学は難しそう。
「(勉強がマズいことは)わかってる」けど、結人のために医者になりたい。そういう空回りっぷりもリアルで好きだ。ちなみに強い人間の代表格のような摩玻は、もちろん勉強も得意。実行力のかたまり。なのに推しの前ではドタバタしている。
本作の突き抜けたドライブ感は、全員の向いている方がバラバラだから生まれているのかもしれない。みんなで同じ話をしているのにまったく別の世界を見ているのだ。
この場面も、結人の目には「俺の初恋の人が兄とフラグを立てまくってつらい」と映る。でも摩玻の脳内は「推しが家に来たウホウホ」であり、一志は「勉強がんばりたい、この女はヘン。弟が心配」だ。どこに帰着するのだろう。
3人のカオスが最大に極まったところで1巻が終わる。行き先がまったく見えないのは、それぞれの暴走のひとつひとつに筋が通っているからだ。よくこれで世界が保たれているなあと驚くが、私たちの現実だってそんなものだ。
でも、こんなカオスにも静止する瞬間が訪れる。ときどきお互いの視線がカチッと合うのだ。
尊い。そしてこの数秒後にまた大暴走という名の嵐が始まる。お楽しみに。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori