生きてる実感がないなら、結婚すれば?
「ご結婚は?」なんて他人から軽く尋ねられることはそうそうない時代になったし、「結婚してこそ一人前」と言う人もあまり見かけなくなった(少なくともこれらを大声で言う人は失礼か無神経の烙印を押される)。でも婚活の話はおもしろい。結婚に興味があってもなくても、とにかくおもしろい。だいたい必死だし、胃がキリキリするし、ホロッと心がほぐれる瞬間がふいに訪れるからだ。
『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』は、ウツ病で自宅にこもりっきりの女性(27歳)が婚活に奔走する実録マンガ。先に挙げた「婚活のおもしろさ」が滝のように降ってくる。が、その前に強烈なパンチが放たれるのだ。滝の前に崖が来る。
本作の原作者であり主人公の“石田月美”は、かかりつけの精神科でこんなことを言われる。
「へ?」って思うよね、私も思いましたよ。「死にたい」「生きている実感がない」「いつか私は一人ぼっちで死んじゃうんだ」ってオイオイ泣いてる患者への言葉?
月美の頭の中だってこんなふうにどす黒い自己嫌悪でいっぱいになる。
SNSで見知らぬ誰かにキツいことを言われなくたって、本人が一番こんな気持ちになってるよ。
でも、この「結婚すれば?」をきっかけに、ウツ病で引きこもりでニートだった月美の生活が変わりはじめる。そう、人生を変えたいなら、生活や環境を変えるのが手っ取り早い。
婚活の最初の一歩はお風呂。『ウツ婚!!』は婚活実録であり、ウツ病のサバイバル物語でもある。
「婚活」というキーワードが「ウツ病」を少しずつ覆い始める。
すごい、病院で泣いていた月美とは別人!
いいねいいね! 一歩ずつ前に進んで、ついに婚活パーティーにも参加するように。
マッチング成功! 最初はパーティー会場に向かうだけでも大変だったのに、ああよかった。月美の生き生きした表情にうれしくなる。
デートでの待ち合わせはお花屋さんの前! なるほど。明日から使えるテクニックだ。さあ、このまま回復と結婚までまっしぐら……!
そんなわけがないのだ。引きこもっていた月美には「世間」がなくて、そんな自分の欠落を客観視する鋭さは人一倍優れていて、それでも振り絞ってがんばってみても、デートは空回り。赤裸々に描かれる婚活と闘病の二重奏。思わず自分で自分を抱きしめながら読んでしまう。
婚活をあきらめず、ドーパミンに溺れる
合コンでの撃沈、初デートでの手痛い失敗……それでも月美は婚活をあきらめない。
「世間」がないからデートでの会話が弾まず、空っぽな自分を好きになってもらえない。ならば世間を作ればいい! で、それは喜ばしくてカッコいい姿勢だし、ロジカルだと思うのだけど、長くウツ病と闘ってきた月美には気がかりな点がある。みるみる膨れ上がる携帯の連絡先(登録件数256件は、機種によっては限界値だ)からも察せられるが、なんだかどストレートで過剰なのだ。
月美は「過活動」のモードに突入し、見境なしの大暴走を始める。これが本当につらい! 本稿の前半で紹介した「ウツ病から少しずつ抜け出して婚活を始める」というストーリーで終わったならどんなによかっただろう。でも『ウツ婚!!』が放つ凄みはここにある。
それに、月美が直面する婚活のあれこれに「わかるわかる」と思っちゃうのだ。
過活動で高速回転する頭がはじき出した「あ、この人ロクでもない。ナシだわ」という回答に賛成する人は多いだろう。月美のアタックは手当たり次第かつ爆速だが、その足切りも爆速(そして的確!)。とにかく脳が忙しい。
いろんなひとに値踏みされるしんどさと、情報量の多さ。結婚ってなんで一人でできないんだろうね。頭がクタクタになるだろうな。
ほとばしる焦燥感と脳内物質でギラギラ輝く目は、なんとなく覚えがある。疾走感がハンパないから派手に転ぶし、痛いんです。「この婚活のゴールテープを切ってしまいたかった」と過去形で語られる月美の婚活はまだまだ波乱が続きそう。ひとの婚活を笑うなかれ、だ。でもおもしろいなあ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori