こじらせ同士の恋
それなりに深くて甘い仲であるものの「恋人」と呼び合わない関係の不安定さは、当事者にしてみれば「勘弁してよー」かもしれないけれど、そっと見守るこちらとしては、とてもおいしいアミューズのようなものです。不均衡には不均衡でしか味わえない強い快楽があります。おかわりしたい。
『夜の姫僕』の主人公は二人の男たち。「賢くあざとく生きる」をモットーに、あまたの男にすり寄ってサバイブしてきた20歳の“祥人(しょうと)”と、いつも険(けわ)しい顔の皮膚科医・“緋月(ひづき)”。
祥人が緋月に持ちかけた「オレのスキマ男」とは、祥人の心と体とサイフのスキマを埋める男のこと。欲望がダイレクトでとてもいい。
ちなみに前任のスキマ男はこちら。不動産屋の跡取り息子の"空知(そらち)"。
祥人は、自分が小学生の頃からあれこれ買い与えてくれていた優しいおサイフお兄さんと食事を共にしながら(かつてはベッドも共にしていました)、「気持ちが乱されることはないから」とサラッと言っちゃう。
つまり、スキマ男はあくまで緩衝材(かんしょうざい)のようなものであって、祥人が大切に包んでいる恋心は別にあるのです。あけすけな欲望の奥で純真がくすぶっている。
祥人は中学生の頃の初恋をこじらせたままフラフラと生きてきました。
しかも初恋の相手“眞志(まさし)”とは、よき友人のまま同居なんてしちゃってる! これは気持ちの整理が大変そう。たしかにスキマ男が必要かもね。
そして緋月も「恋をこじらせている」という点においては祥人と同じ。
眉間のしわがいい感じ……。
報われない恋を盛大にひきずる二人は、本当にスキマを埋め合う関係だけでいいの?
出逢いのきっかけは皮膚疾患
失業したりお尻にトラブルが発生したり、祥人の人生はなんだか最近ツイてません。挙げ句の果てにはかわいい顔にニキビまで!
緋月とは皮膚科の診察で知り合いました。
診察室でのよくある風景ですが、細くてきれいな指に消毒液を吹きかけるさまや、緋月の少し険しい顔がなんともいい。あと「まあとりあえず顔の方をね」という祥人の心の声も気になる。どこを診てもらおうとしているんでしょう。
で、このあと、祥人はお得意の「ゴハンおごって!」攻撃を緋月にかまします。ほら、失業中でお金がなくてひもじいし。
このページも全部好きだなあ。ちゃんと食物アレルギーの有無を把握済みの(しかも覚えてる!)皮膚科医としての顔と、家族ぐるみで親交のある良質なお店をすぐに予約してタクシーに乗っちゃうスマートさと、祥人の子犬みたいな表情。このディテールの細かさは『夜の姫僕』の魅力のひとつ。
緋月は祥人の栄養不足を補う食事をごちそうするわけです。勝手に注文しないでよとブーブー言う祥人の図々しさがかわいい。料亭の個室で二人はいろんな話をします。病院のこと、失業のこと、性的指向のこと、そして祥人のこじらせ片想いのこと。
イチゴにもちゃんと意味があります。
祥人にとって緋月は顔も好みだし、お金持ちのようだし、やさしい。だったらオレのスキマ男になってよと緋月にすりすり近づきますが……?
他のスキマ男は禁止だそう。「オレの個人的見解」が厳密でいいね! ツーンと冷たい顔をしているけれど実は緋月は嫉妬深い男のようです。
そして惚(ほ)れっぽい祥人もかわいい。まあ周りにいる男が全員かっこいいからしょうがない。
では祥人が一番好きなのは誰なんでしょう。ずっと初恋をひきずってきたし、今まで付き合った男たちとは、みな向こうから乞われて関係を持った相手ばかり。
祥人のなかで恋のヒエラルキーが入れ替わっていく様子が楽しい。本当に子犬のよう。そんな祥人をかわいがる緋月は、誰のことが好きなの?
言った……! どうなるの? 緋月は片想いをこじらせたままなの? 一気に読むのがもったいない。
そういえばフレンチのコースで最初に出てくるアミューズが素晴らしいと、そのお店は間違いなくおいしいと確信します。『夜の姫僕』もそんな感じ。「お楽しみにね」と言われながら、次のお皿を待つのです。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。