呪われた「夢」に取りつかれた人のための家
「夢」をかなえるステップはさまざまだ。ある日SNSを通じて一躍有名人になる人もいれば、決まった手順をきちんと踏まないとなれない職業もあるが、そのプロセスと苦労は、他人には見えにくい。皆が憧れるようなきらびやかな仕事ほど、焦りや夢をかなえた人への嫉妬がある。しかし、苦しい思いをしてでも諦められない「何か」があるのも、人から見ればうらやましいことだ。
そんな憧れの職業の1つ・漫画家になるためのステップと言えば、こんな感じ。
「夢をかなえるためにやるべきこと」がはっきりわかっているのはいいけれど、そのすべてが難関だ。そして、ようやく夢をかなえても、10年間漫画だけで食べていけるような人気作家になれるのは一握りだという……。そんな「呪われた夢」に取りつかれた人たちだけが住むことができる家がある。
それは、漫画家を目指す5人の男女が集う格安シェアハウス「カスミ荘」。
『カスミ荘の漫画家志望達』は、「カスミ荘」を舞台に、漫画を仕事にするために日々もがく彼らを描いた物語だ。
厳密には、1人違うのだけど――。
この中の誰かが嘘をついている
カスミ荘は、生活費の一部を負担するだけで漫画に専念でき、同じ夢を持つ仲間と切磋琢磨できるのが魅力のシェアハウス。さらに現役のプロ漫画家がメンターとしてついてくれるという、漫画家志望にとってはまさに「夢をかなえるための家」だ。
現在、この家に住んでいるのは5名。主人公で、22歳のさえない青年“梵太一”。
ゲームばかりしている自称「ラブコメの名手」、“初芝隼人”。
ギャルっぽいルックスで性格も明るく、彼氏が複数いる。4つの雑誌で担当編集がついており、公私ともにこの中では一番うまくいっていそうな“池谷麻衣”。
19歳ながら、メジャーな漫画誌で賞を取った“入来南琴”。
現在無職の打ち切り漫画家で、カスミ荘の若者たちのメンターをしている“屋敷さん”。
カスミ荘に住むにはルールがあり、入居して3年経つか、連載を持った時点で退去しなくてはならない。次の漫画家志望に席を譲るためだ。常にお互いの存在を感じ、刺激を受けながら日々を過ごす彼らだが、その日々の中には複雑な感情が行き来する。
「小さい賞だから」という理由で、賞を取ったと教えてもらえなかったことを「抜け駆け」と感じてしまうし、
その一方で、漫画に対してひたむきなその子のことを、ひそかに好きだという気持ちもある。
漫画が好きだからこその、「描けない悩み」もある。
いろいろあっても、この家は住人みんなで同じ方向を向いて努力できる、楽しい環境だ。
ここの人たちが好きだ。でも……。
厳密には1人、違うのだ。この家に住む、誰かが嘘をついている。
住人たちの隠された顔
「夢を追う者同士のシェアハウスの中に嘘つきが」
本気で夢を追うなら、そういうこともあるだろう。人がいいだけではかなわない夢もある。本作も、売れっ子漫画家への嫉妬はもちろん、住人同士でもお互い思うところがあるし、編集者の打算や彼らとの確執も描かれる。クリエイターにはキラキラした部分だけでなく、人間臭さもあるのだ。
なかでも、主人公の太一は感情を隠さず「好きな人」「その人への嫉妬」「夢への向き合い方」がダダ洩れていて、かなり人間臭い。「第1話を読んだ後」と
「第2話を読んだ後」でもかなり印象が変わる。
そして、読み進めるごとに、住人たちの「別の顔」も見えてくる。
実は、「ある人物の嘘」は比較的早く明かされる。しかし、ほかの人物たちのいろいろな思惑も次々に明かされてゆき、それらが交錯するなか、「ホンモノの嘘つき」が他にいるのでは?という予感もある。
物語を動かすのは「秘密」。新感覚のクリエイター群像劇だ。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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