思わず部屋の電気をつけてしまった
秋の夜長にじっくりマンガを読むのは楽しいものだねと読み始めた『出禁のモグラ』。前情報をわざと何も仕入れずに「楽しみじゃ、楽しみじゃ」とページをめくって作品の世界に振り回されるのが好きだ。クタクタになった。ありがとう!
実は、『出禁のモグラ』を読み終わってから思わずやってしまったことがある。部屋の明かりを出力最大にしたのだ。しばらくのあいだ、部屋の隅っこの薄闇が耐えられなかった。
あの世から出禁をくらったという男“モグラ”は、偶然知り合った大学生に飄々(ひょうひょう)と自身の奇妙な身の上を語る。言葉が増えれば増えるほど、モグラの目は怪しい影に沈む。
えっ、何何何! こんな読後感ひさびさ。ほんと怖かった。でも怖いだけじゃなくて笑ってしまう。だから隅から隅までみっちり読んじゃって余計怖い。でも! 読んでよかった『出禁のモグラ』!
救急車も警察も嫌がる血まみれの男
主人公の真木(まぎ)と八重子(やえこ)は大学3年生。文芸学科の文学専攻というゴリゴリの文系コンビだ。
これは自分たちには全く理解しがたい同級生(金持ちのマッチョ)について語り合っているところ。荒ぶるレトリックと文字数に笑う。ルサンチマン全開。いいわあ。
2人は、しこたまハイボールを飲んだであろう飲み会の帰り道、ある男が頭から血を流してぶっ倒れる瞬間を目撃してしまう。
いつの時代の人なのかわかりかねる風貌なんだけどもビリー・アイリッシュのMVはご存知っていう、いろんな要素がちゃんぽんになったこの怪我人は、真木と八重子が慌てて呼んだ救急車を異様に恐れ猛ダッシュで逃走する。
で、持ち前の気の良さを発揮しまくる酔っ払い大学生2名は、頭が割れて血だらけになってんのに猛ダッシュで立ち去る男を猛ダッシュで追っかけて、ついに奇妙な銭湯にたどり着くのだが……、
もはやこれ東京じゃないでしょ、さては異界か? ここで私の怪奇センサーは一度振り切れる。怪しい男と大学生との会話は思いのほか和(なご)やかなんだけども、怪談話のいやーな空気がそこはかとなく流れる。
男は、「必要以上の情報を言っちゃいけない」と真木と八重子に諭(さと)すわりに、饒舌(じょうぜつ)に「自分はあの世から出禁をくらっているので死ぬことはない。無保険だし戸籍もない」と自身についてペラペラと語り、真木と八重子を追い返す。
その日を境に真木と八重子の身の回りでは奇妙なことが起こり始める。
いる……なんかいる……。
知り合ってご愁傷さん
自称死なない男と関わったことによって、真木と八重子には「幽霊」が見えてしまうように。霊障というやつだ。ところが!
絶妙に怖くないのだ。むしろナチュラル……。そうなんです、本作の幽霊はあんま怖くないというか、とても生臭いお隣さんのような存在。
じゃあ何が怖いのか?
“百暗桃弓木(もぐらももゆき)”、通称・モグラは決してあの世に行けない、死ねない仙人なのだという。私が部屋の明かりを思わずつけてしまったのは、幽霊のせいじゃない。この男のせいだ。
モグラは終始自分のことを饒舌に語りすぎる。
死ぬに死ねないスーパー長生きなライフストーリーを、冗談交(まじ)えつつ真木と八重子に語るのだが、その圧こそが不吉なのだ。
何かを饒舌に語りすぎる人は、語る内容そのものだけじゃなく、ある情報を同時に示す。「何を語らないか」だ。そのことを考えながら本作を読むとじっとり嫌な汗が滲んでくる。
ま、それはそれとして、絶妙に怖くない幽霊たちとのドタバタはとっても楽しい。
モグラと幽霊の秘密、そしてなぜか巻き込まれた真木と八重子の奮闘をじっくり味わってほしい。ご愁傷さまです、とは思うけれど、独特のグルーヴ感があって痛快だ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。