たいせつな場面がたくさんある
挙げたらきりがないくらい「わたし、ここ、来年も再来年も覚えてるなあ」と思う場面がたくさんある少女マンガだ。
ここを読むと必ず目をゴシゴシこすってしまう。じんわり涙がでる。
『夜の下で待ち合わせ』という題名を、まず最初にとても好きになるんですよ。そこからまったく想像していない方向に物語が転がっていくのも楽しい。奇想天外なのに胸の奥が切なくなる。爆笑するのにドキンと全身が脈打つ。ああ、作者の三次マキさんの頭の中にはどんな世界が広がっているのだろう。
「ひとりぼっち」ってこういうこと
ヒロインの“都”は高校1年生になったばかりの女の子。
いわゆる「居場所のない子」なのだけど、この居場所のなさの描写がジワジワと悲しくておかしい。
都の苗字(みょうじ)は「伊集院」ではないし、「西園寺」でもない。つまり都の苗字をクラスの誰も覚えていないのだ。教室での都は「漢字3文字の苗字の子」。
居場所のなさや孤独さって、べつに仲間外れにされたり苛烈ないじめがなくても、容赦なく襲いかかってくるもので、いつまでたっても正しい苗字で呼ばれない都の冷静なツッコミに笑いつつも、彼女の味わう所在なさとさみしさがとても生々しくて胸がスンとなる。
「僕と友達になってください!」
じゃあ、都の居場所はどこにあるのか?
真夜中の河川敷、ここが都のお気に入りスポット。都はこうやって夜更けにときどき家を抜け出して息抜きをしている(ちなみに、21時就寝の3時起きだ)。
ここを読んでギョッとした。これ、私だ~! 日中に人間と関わりすぎて疲れて、夜は撮り溜めた動物番組とか動画を観てますもん。人類なんてもうたくさん。わかるよ都!
こうやって夜な夜な自分1人の世界を満喫する都の前に、ある人物が現れる。
同級生の“古賀くん”だ。教室ではローテンション気味で、テンション低いのにイケメンすぎるがゆえにいつだってみんなの中心にいる古賀くんと、教室における苗字の認知度すらゼロの都。2人は同じ中学校出身だけど特に話したこともない間柄だ。
学校だとこんな感じ(この場面もめちゃいいんですよ)。なのに、この日の夜の古賀くんはちょっとちがう。ローテンションじゃない。というか発言がチョイチョイ変……と思っていたら、怒涛の自己紹介が始まる。
自称宇宙人の古賀くんの言うことには、いま都の目の前にいるこの体は古賀くんだけれど中身は宇宙人で、古賀くんが眠っている間は、宇宙人が古賀くんの体を勝手に拝借して活動しているのだという。謎!
そんな「平たくいうと宇宙人」の古賀くんは、都に対してお友達申請をする。
直球。で、都はこの申し出を一旦持ち帰るんですよ。人づきあいが苦手だからっていうか、
あまりに奇想天外すぎて。そして翌日になると、古賀くんは何事もなかったかのように学校にいて、ローテンションで、都とは別世界の古賀くん。じゃあ真夜中の河川敷にいた古賀くんって何? あの出来事はなんだったの?
ということで再び深夜に河川敷へ行くと、宇宙人の古賀くんが待っていて……、
彼は宇宙人で、彼は古賀くんではないのだと再び都に告げます。ここからの2人のやりとりで、都と私は「あっ!」となる。本作の冒頭で「おかしくってさみしいなあ」と笑っていた「私は伊集院ではない」の場面が再び迫ってきて、もうたまらない気持ちになる。こんなふうにいろんな要素が根っこで繋がっているマンガなんですよね。
宇宙人をちゃんと正しい名前で呼びたい! 泣ける。でもやっぱり宇宙語が難解すぎてヒアリングも発音も無理! 笑う。胸がざわつくと思ったらスルッとすり抜けるように笑いがやってくる。私こんなに宇宙人との友情について真面目に考えたことないよ……。
夜と朝が混ざる
都は宇宙人に“チロちゃん”という地球ネームを与え、2人は晴れて友達となる。ここまででだいぶ胸がいっぱいになるのだけど、まだまだ序盤なのだ。
「夜と朝が混ざる」って素敵な言葉。つまり、都は必然的に「昼間の彼」とも関わることになる。そう、古賀くんだ。
これが都とチロちゃんの2人だけの秘密で留まるはずがないんですよね。だって古賀くんは最近ずーっと眠いし、都が急に「チロちゃん」なんて呼んでくるし、当然「なんだろな?」ってなる。
都とチロちゃん、ピンチ。まあでも古賀くんの立場になって考えると、古賀くんにもクライシスが訪れているな。だって宇宙人が間借りしてるんですものね。ここで都は古賀くんになんと答えるか。あまりにもぶっ飛びすぎてて誰にも信じてもらえないチロちゃんのことを古賀くんに「いるよ」と言ったら、自分の学校での立場がますます危うくなる。そんな秘密を、自分の友達を、都はどう扱うか。
夜毎たった1人の友達を待つ都に泣けてくる。やがて待ち合わせの場所に現れるのは……?
ほんと、想像もしない方向に転がっていく。少女マンガが大好きな人、ふだん少女マンガをあまり読まない人、どちらにも力一杯おすすめできる作品だ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。