主人公補正という言葉は、はじめて目にする人の方が多いのではないでしょうか。
いわゆるスラングですから当然辞書には載っていませんし、そもそも主人公補正という単語自体が概念で、そのうえものすごくメタな概念ですから。
ものすごく乱暴にこの概念を定義すると、「主人公が主人公であるがゆえに受けることのできる恩恵、もしくは優遇措置の数々」っていうとわかりやすいでしょうか。
そんなメタなスラングを冠した『能力 主人公補正』。あの『なるたる』や『ぼくらの』の鬼頭莫広の原作最新作で、躍動感あふれる作画は当麻のコンビ繰り広げられる1作です。本作で人は死ぬ?どうでしょう。
主人公補正という概念に馴染みがない方でも、現代日本においてそれなりに漫画やアニメに限らずコンテンツに親しんできた人であれば、あーあれね!と合点がゆくと思います。
主人公補正の例を挙げれば……、 絶体絶命のピンチの際に主人公だからなんやかんやで死にそうになるんだけども、なんやかんやで切り抜けたりとか、デウスエクスマキナよろしく未知なる力が難局を救ったりとか……。
他には名探偵の孫だとか、ラッキースケベだとか……。こういった「あるある」な展開や設定はまさに主人公補正です。
逆もありますね、主人公なのに死んじゃって驚いた!とか。そのまま主人公が交代してまた驚いたとか。
さて、人生においてそういった補正があるかどうかは別として、人は誰でもその人生の主人公なわけです。しかし本作の主人公の加藤はいわゆるモブキャラ。
脇役中の脇役。平凡な人生を望む、波乱のない穏やかな人生の主人公で、本人もそれを自覚して暮らしていたのですが、ある日突然、野良猫に襲われていた妖精を救います。
助けてもらったそのお礼に「能力ガチャ」を回したところ、そこから大いに補正の恩恵?を受けるようになり、騒動に巻き込まれていくようになってしまいます。
この流れある意味、異世界転生モノであるあるの展開。いや、加藤がおかれている世界自体は異世界じゃないのでなんと言えばいいでしょうか。
そして急にモブ顔からイケメン顔に変わったせいなのか、あるいはこれも主人公補正の影響か、親には別人と扱われ、友達もなぜか失い、物語的に面白おかしい方向へ転がっていきます。そしてクラスメイトの美少女、空居鳥ヨリの家に居候するといううらやましい展開になるのです。ここら辺も不良に絡まれたり、空手をやってた(設定になってる!)りとテンプレ的な展開でニヤリとします。
ヨリの家に泊まったその夜、怪異「炁(き)」が加藤を襲います。炁(き)とは他者に対して悪意を持つワルイモノ。しかし加藤の力では太刀打ちできず、あわや主人公物語がバッドエンドかと思いきや……
主人公補正の1つ、「女の子に守ってもらえる」で撃退。主人公に対して当たりの強い女の子もまたテンプレ的に面白い見所です。
異世界転生ものなどではこういった「お約束」のうえに物語が展開されていくので、物語世界のルールや設定がすぐに理解できるから、メタ的で優れたアイディアの作品が生まれやすい土壌だと思っていますが、本作ではそういった「おやくそく」をさらにメタに捉えて調理しているので、今までありそうでなかった展開で、怒涛のような展開で物語世界に引き込まれていきます。つまり、文脈(コンテキスト)をたくさん持っていれば受け取れる情報量が変わる作品ともいえるでしょう。
しかし不思議な印象なのですが、「主人公は騒動に巻き込まれがち」という認識があったとしても、後天的に主人公補正を授かった加藤に対して感じる印象は、「とても大変そう」ということ。先天的に巻き込まれる主人公にそう思ったことはないのに。
メタ的な楽しみを見出す必要もないほど、1つの作品としても文句なしに面白い作品です。しかしこの作品のさらなる面白さを作る要因の1つは、「視点をずらしてみると、また違う受け取り方ができる」という体験なのかもしれません。
そして、いつか物語が終わりを迎える時、主人公補正が外れた加藤はどうなってしまうのか、というところが気になってしまうのです。外れるのかしら。
あとは、これから先やっぱり死ぬ登場人物が出てくるのかな、というのが気になるところですが、それは今後の展開を楽しみにしつつ。
メタ視点でミームと遊ぶ本作は、異世界転生ものにイマイチはまれなかった人におすすめです。ニヤリとしましょう。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。