「スルト」で検索するとヤバい
マンガやアニメやゲームや美少女をこよなく愛する友達の多くが、ここ数年のあいだ夢中で遊んでいるのはスマホゲームの「FGO」だ。身も心も時間もお金も嬉々として捧げているのがうかがえる。楽しそうでうらやましい。
そんな彼らに本作『おたくの隣はエルフですか?』のヒロイン「スルト」の名前を尋ねると「カッ」とした顔になる。LINEのレスも早かったし、文字数も多かった。
北欧神話に登場する炎の巨人で、最終戦争<ラグナロク>の生き残りで……とにかく見た目も素性もアツいらしい。アベンジャーズにも出てるよと教えてもらった。で、検索すると出てくる画像がほぼ「火災」なんですよ。炎が俺で、俺が炎で、みたいな。とにかく厳(いか)つくて大きい。そんな炎の巨人がヒロインって、大丈夫なの?
大丈夫でした。『おたくの隣りはエルフですか?』を読むと、あちこち強烈すぎる隣人・スルトさんのおかげで主人公の“犬童ケイタ”の日常がドキドキする非日常に一変したのがわかる。そしてよく燃えている。設定に忠実だ。
犬童くんは男子高生にして既にアパートで1人暮らし。そして漫画家を目指している男の子。この時点でも結構楽しそうなのだが、自分が初めて描いた原稿を読んでくれる相手がこんな感じだ。
異世界ファンタジーでお馴染みのエルフ。エルフといえば、透明感と静けさだ。サラッサラな金髪の美女か美男子で、ちょっとハープとか弾いてそうなイメージだけど、彼女は“獄焔<ごくえん>のスルト”という禍々しい名前を名乗るちょっと「異質」なエルフだ。髪も真っ赤。
ニーハイソックスを履いたハイエルフが正座。見るべき要素が色々ありすぎる。で、エルフ様はなんだかノリノリで読んでくれているっぽいし、原稿を褒めてくれるのかなーと思ったら。
原稿のコピーをボーボーに燃やしてキツいダメ出しをグサグサと言い、この後おみ足で犬童くんをぐりぐりと……。彼女はエルフの中でも高貴な存在である「ハイエルフ」であり、日本の多くの漫画とラノベが大好きな「オタク」。だからこんな容赦ないマネができるのだ。あと炎の巨人の名前を名乗るだけあって、炎系・爆裂魔法が大得意の様子。
異世界との大交流時代
本作の舞台は20XX年、それまで「異世界モノ」の名作を生み出しまくった影響により、マジで異世界から竜や騎士が現れるようになった日本だ。彼らは尊敬する作家を「マンガセンセイ」と崇(あが)め、そのまま日本に住み着いてしまったりしている。
もう転生する必要もなくエルフや騎士やオークとゴロゴロ出会えるのだ。
犬童くんの隣人・獄焔のスルトさんは「ハイエルフ」と呼ばれる高貴なエルフで、オタク。だから、先に紹介したように犬堂くんの原稿が気に入らなければハイエルフらしく上から目線で具体的なダメ出しをしてくれる。
オタク的教養はバッチリ。ハイエルフの一族としてのプライドも満載。で、ダメ出しは全て図星ながら、超絶偉そうな姫系エルフにムッとした犬童くんは「反撃」に出ます。
異世界だと正座なんかしないんですよ。ちなみにこのシーンは別にスカートがめくれているわけではなく、もともと尻が丸出しの服です。異世界バンザイ。で、足がしびれて悶える獄焔のスルトさんを見た犬童くんは良からぬことをしでかして……?
高貴なエルフは激怒し、アパートは火の海に。あーああ。
が、ハイエルフは思ってたのと違う「覚悟」を迫るんです。事情が全然理解できないけれど異世界だもんなあ……。こうして犬童くんとハイエルフとの濃厚な隣人ライフが始まる。獄焔のスルトさんは犬堂くんの学校にも押しかけるので家でも学校でもエルフが側にいる状態になります。
超名作やファンタジーのネタがいっぱい
獄焔のスルトさんはオタク。
こんなふうに名乗った時点でちょっとそんな予感は漂わせていたけれど、本当にオタクなんです。なので事あるごとに「みんなが知ってる超名作」の名前がポロポロ出てくる。異世界出身なので、異世界好きの人間たちが喜びそうな知識もめっちゃ持ってる。
例えば、アパート「めぞん漆黒」の美人管理人“夢見りりす”さん。未亡人ではないらしいが、なんか知ってるアパートの名前だ。そして、名前からしてサキュバスであることを多分あんまり隠す気もなさそうだ。そんな彼女の強い提案により、カルタっぽい「世界樹の知札(イグドラシル・カルト)」に興じれば、もちろん「あの名作」の名前が出てくる。読まれる札の内容はファンタジー好きならピンと来てしまう神名と要素が詰まっている。サービス精神旺盛。
本当は優しい……?
「殺すか、愛するか」と物騒なことを宣言し、相手の都合はお構い無しで日常に食い込んでくる獄焔のスルトさんですが、彼女からは「殺意」よりも「愛する」の気配を強く感じます。
原稿をけちょんけちょんに言われ、激しく落ち込む犬童くんをみて「邪魔するぞ」と部屋に上り込む高貴なハイエルフさま。相変わらず上から目線なところもかわいい。自分が異世界に行くんじゃなくて異世界側がこっちに歩み寄ってくる世界ってうらやましいな。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。