この表紙はもう、ズルい! としか言いようがありません。見ているだけで頬は緩み、自然と笑いが込み上げてくるのです。
なぜなら、豊漁と航海の神様である「船霊様(ふなだまさん)」が滅茶苦茶キュートだから。
「ふなだまさん」は、生き物の身体を借りて現れるので、凡人には柴犬のハナ子にしか見えませんが、主人公の井崎志乃には「ふなだまさん」の姿がはっきりと見えるのです。
会社を辞めたばかりの井崎志乃は、2泊3日でたまたま港町にやって来たのですが、目を覚ますとそこは漁船の上でした。というのも、酔っ払って船に不法侵入しただけでなく、神棚にお供えしてあった一升瓶を飲み干し、そのまま眠ってしまったからです。
漁船「政丸(まさまる)」の持ち主は、漁師歴70年の老夫婦。この日は小磯美枝子だけが漁に出たのですが、甲板で寝ている志乃を見て「誰やろねぇ?」「陸(オカ)に置いていくにも……ねぇ?」と志乃を起こすこともせず、船を出してしまったのです。
この間延びした方言に、こちらまでゆるゆる気分になります。
美枝子さんは志乃のことを「ふなだまさんが見えるんか……そぉかあ~」「悪い子じゃなさそうね」と言い、漁の手伝いをしないかと誘います。特にやることもない志乃は、早速、手伝うために着替えたのですが……。
美枝子さんも昔は「ふなだまさん」が見えたのですが、一人前の漁師になると同時に見えなくなってしまったとか。ということは、この先、志乃と「ふなだまさん」の別れも訪れるのかと寂しい気持ちになりました。まだ始まったばかりだというのに(笑)。
一旦、東京に戻った志乃は、漁船「政丸(まさまる)」の船霊である「まさまる」に再び会うため、そして漁師になるため、やる気満々で港町に戻って来ます。
ところが船長から「板子一枚下は地獄」と言われます。つまり、船の下は海で、海に落ちれば人は簡単に死ぬ、そこには「ふなだまさん」の力も及ばないという意味です。
さらに色々な決まりがある漁業協同組合の一員に本気でなる覚悟があるのかと言われます。ここで、「ふなだまさん」である「まさまる」は……。
普段は恥ずかしがり屋で柔和な「まさまる」も、時折こんな形相になるのですが、それがまた萌え~で、もうどこを切り取っても可愛い!!しか出てきません。
はっきり言って、編み笠を被った「まさまる」は、信楽焼のタヌキに見えなくもないのですが、よくぞ編み笠を被らせてくれた! と思ってしまいました。
ところが、面白いものを見つけてしまったのです。それは、カバーを取ったら出てくる表紙と裏表紙のキャラカットです。
これより前の初期デザインの段階では、「まさまる」は魚カゴのビクを被っているのですが、まるで時代劇に出てくる尺八を持った虚無僧(こむそう)。顔がほとんど見えないので、可愛さも微妙……。やっぱり「まさまる」は、編み笠でなくちゃ!
私はこうした制作裏話が大好きで、巻末には「ふなだまさん こぼれ話」として1話ずつ裏話が読めるのも単行本ならではの面白さだと思います。
ほかにも、へぇ~と感心してしまったのは、漁の種類を紹介したイラストです。
巻き網、底曳(そこびき)網、船曳網、棒受網(ぼううけ)網、曳釣(ひきづ)りは、船を蛇行して行う漁。
刺し網、定置網、養殖業、イケス養殖は、漁具を固定する漁。
この中でいくつかは耳にしたことはあっても、どんな漁なのか知ろうとすらせず、当たり前のように魚を食べていたことに気付きました。
「板子一枚下は地獄」。
そんな思いで漁をする漁師さん達の気持ちに寄り添うことは、大事なことだと感じました。
話は、船長から課題として出されていたロープワークを覚え、海にも潜った志乃が、いよいよ漁船に乗せてもらうことになります。
ただし、ここから先の展開は読者次第。その秘密は是非、巻末の「こぼれ話」を読んで確かめてみて下さい。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp