前作『子供はわかってあげない』で「マンガ大賞2015」第2位や、「このマンガがすごい!2015」<オトコ編>第3位に輝いた田島列島氏、待望の新作だ。
田島氏の漫画の魅力は、独特な静けさの中で、リアリティある人々の姿を描くところにある。
激しく感情を揺さぶるのではなく、沁み入るように読み手の心に届くのだ。
大げさな表現は一切なく、淡々と物語が展開していくのだが、それが心地よい。センスある軽やかなセリフ回しとテンポの良さで自然とページをめくってしまう。
そして読み進めていくうち、ふと登場人物の心情を写しとるような柔らかな情景があらわれ、ページをめくる手が止まる。これが何度も繰り返されるうち、胸の奥にある部屋の扉を小さくノックされて、なんだか嬉しいような懐かしいような気持ちにさせてくれるのだ。
さて、物語は、高校1年生の少年・熊沢直達とOL・榊千紗を中心に織り成される。
高校に進学した直達は、実家を離れ、学校にほど近い場所に住む親戚のおじさんのもとで暮らすことになる。だが、雨のそぼ降る中、最寄り駅まで迎えに来てくれたのは、見知らぬ大人の女性だった。
直達が案内されたのは、一軒家のシェアハウスだった。ここには、漫画家にジョブチェンジした直達のおじさん・茂道、女装をして占い師の仕事をやっている男・泉谷、みんなから教授と呼ばれている大学教授・成瀬、そして、時折、高級牛肉を使った牛丼(通称ポトラッチ丼)を大判振舞いする26歳のOL・榊さんの4人が暮らしている。曲者揃いの環境だ。
ちょっと変わっている榊さんのことを、直達は、大人の女性としてほんのり意識するが、実はこの二人には因縁があった。かつて、直達の父親と榊さんの母親はW不倫をして駆け落ちしたことがあったのだ。
そして、この関係を把握しているのはまだ榊さんただ1人。
知っている者と知らない者。その間に生まれる緊張感が推進力となり物語が進行するのだが、ピリピリするエピソードの中にもクスリと笑えるシーンが登場し、自然体で読み進められるのは、田島氏の独特の作風あってこそのものだろう。
現実の人生においては、何らかのドラマチックな出来事が起きたとしても、その多くは、時の彼方へと静かに流れていくものだ。
激しく感情が揺れ動くことがあっても、多くの人は、ぐっと飲み込むだけだったり、ただ状況を見守るしかなかったりする。人は皆、そのようにして流れの中にいる。あるいは、一時、感情のままに思いを吐き出すこともあるが、それもまた、大きな流れの中に落ちたひと雫の水滴でしかないと知るのだ。そうして人は、自分でもそれと知らぬまま、自らの運命の中、流れるように生きてゆく。
田島氏は、そんな人間の心情を、深いリアリティを持って見事に描き、共感を呼び起こしてくれる。まるで、実在する誰かの人生を、現在進行形で見守るような気持ちにさせられるだろう。
人が生き、人と関わりながら暮らしていく様は、まさに、この漫画のタイトル、「水は海に向かって流れる」がごときもの。
直達と榊さんという、2つの異なる人生の流れが交わり、そして、流れ着く先には、どんな海が広がっているのだろうか。
レビュアー
貸本屋店主。都内某所で50年以上続く会員制貸本屋の3代目店主。毎月50~70冊の新刊漫画を読み続けている。趣味に偏りあり。
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