ものごとに永遠はない。
寂しいけれど、儚(はかな)く終わり、散る。
でもだからこそ気づく世界の美しさがある。気づく深い愛がある。
もし人間が不老不死、世界の事象が永遠に続くとしたら……そこに「美」を見つけられるだろうか。私には自信がない。
命に終わりがあると実感してようやくわかる、生きることの素晴らしさ。その美しさ。
この1冊に入っている10の物語は、どれもその美しさを描いている。
なんと、大ヒット漫画『逃げるは恥だが役に立つ』の著者・海野つなみ氏が、人気漫画家たちに原作ネームを当て書きし、多彩な作家たちがそれぞれの技巧で昇華させた珠玉の作品集だ。
『逃げ恥』の海野氏が書く原作ネーム……そんなの面白いに決まっている。しかもそれぞれの作家たちのリクエストや作風から、ネームを当て書きしたなんて。前代未聞のコラボレーション作品。
素晴らしい企画をありがとうございます。漫画ファン、泣いて喜びます。
そして10の全ての作品のテーマが「世界の終末」。それぞれの作家が描く「世界の終わり」とは!?
各話のタイトルと作家は以下のとおり。
第1話「女神さまのよりしろ」栗原まもる
第2話「Fly me to the moon」ひうらさとる
第3話「リップ・ヴァン・ウィンクル」飛鳥あると
第4話「空降(カラフル)」樋口橘
第5話「聖地巡礼」小原愼司
第6話「幸福な王妃」上田倫子
第7話「老婆の一日」TONO
第8話「スピリチュアル」なかはら・ももた
第9話「村で一番の美女」おかざき真里
第10話「さよなら人類」柘植文
海野つなみと10人の漫画家座談会
この中から何話か紹介する。
「女神さまのよりしろ」漫画:栗原まもる
町の生き神である女神さま・シュルティ。親兄弟や友人と言葉を交わすことも、地面を歩くことも禁止されるという、現代社会の常識的な目で見れば幼児虐待・差別の対象のような存在。
一方、13歳のラビナは代々「イリウキ」と呼ばれる家系に生まれ、汚らわしいと差別され、将来は女神さまの「依り代(よりしろ)」として寺に売られる身。
©Mamoru Kurihara 2018
そんな2人が出会い、女神さまはラビナに金色の美しい光を感じ、触れ、神としての資格を失う。
逃亡する2人の未来はどうなるのか……? 差別をテーマにしながら、世界の終わりに見える希望を照らした作品だ。
「Fly me to the moon」漫画・ひうらさとる
隕石の落下から人類を救うために、月にノアの箱舟を送る計画を始めた世界。人間の種の保存のために夫婦でノア計画に送り出されることになったミーシャとターニャ。
月での生殖行為が可能かどうか考えた末、2人が思いついたのが「ポリネシアン・セックス」。2人は日々官能の訓練に挑むのだった。
©Satoru Hiura 2018
その愛はまるで宇宙そのものだった……。
「空降(カラフル)」漫画・樋口橘
ある実験施設から逃げ出した2人が森で出会った。
1人は人肉を与えられて育てられ不老不死になった200歳の少年。もう1人は体液も肉体も毒に侵されている「毒人間」の少年。
©Tachibana Higuchi 2018
世界の終わりに、人肉を食べないと生き残れない少年と、毒の肉体を持つ少年が出会うという皮肉。そこに何の意味があるのか。
タイトルのように、絵に鮮やかな色が見えるような繊細な描写。世界の美しさが際立つ作品だ。
「幸福な王妃」漫画・上田倫子
世界が終わる前夜、国王と複数の王妃たちはみな一緒に過ごしていたが、第1王妃のニマだけは1人で部屋にいた。6人姉妹のうち4人が王妃として嫁いで、ニマ王妃だけが子どもを授からなかったという後ろめたさがあった……。
しかしそこに、ニマの幼馴染であり王宮の警護として仕えているダワが現れ、2人の心の秘密が明かされていく。
©Rinko Ueda 2018
世界が終わるからこそ正直に向き合えた、真実の愛の物語。
「老婆の一日」漫画・TONO
世界の終わりを前に、ライフラインや機能が止まった日本。そんな状況でも丁寧に生活をする76歳・生涯独身の元女教師。
この日は彼女の誕生日。元生徒たちに声をかけて食べ物を持ち寄り、昔話に花を咲かせた。しかしその帰り道、暴漢に遭遇し生まれて初めて罪を犯す。
©TONO 2018
そして考える……。子どもをもうけなかった自分は役立たずではないかとずっと自問自答してきたが、種が絶滅するのであればそこに何の意味があるのだろうと。思い返されるのは教え子たちとの幸せな日々。
素朴でシンプルな絵が、人間とその生の美しさをより一層輝かせて見せる。
「さよなら人類」柘植文
この設定は驚いた! 絵もストーリーも異色! 最後にこれを持ってきた意図は? と読み進めていくと驚きが待っている。
地球に隕石が衝突し、生命が絶滅してから35億年後。新たな生命体が生まれ、地球は新型生物たちの星となっていた。
©Aya Tsuge 2018
その奥様たちの会話の内容とは……!!
「うわーやられた!」と思わず叫んだ。海野先生、さすがです。しかも哲学についても考えさせられる。
そして巻末の「海野つなみと10人の漫画家座談会」が非常に面白い! それぞれの作家が身近に感じられつつ、やっぱり先生たちの頭の中って尋常じゃないな……と尊敬の念がむくむく湧いてくる。笑える裏話も満載で、これは必読です。
どの作品も世の中の「終末」「終焉」がテーマなのに「希望」「愛」に満ちている。原作の海野氏の愛が深いのはもちろん、それぞれの先生たちの作品に対する愛もどこまでも深い。
愛と希望と喜びをたくさん感じてしみじみとした幸せに浸れます!
レビュアー
一級建築士でありながらイラストレーター・占い師・芸能・各種バイトなど、職歴がおかしい1978年千葉県生まれ。趣味は音楽・絵画・書道・舞台などの芸術全般。某高IQ団体会員。今一番面白いことは子育て。