子供にとって「お金」は奇妙にマスクされた存在だ。お年玉だとか、宝くじのあおり文句だとか、目にする機会は多いのに。そして、丘の上の誰々ちゃんのおうちはグランドピアノがあるからお金持ちだとか、あそこのおうちは貧乏だとかも、無思慮に口にしてしまうのに。
私が誰か(とくに子供)に対して「お金」や「貧富」を話すとき口が重いのは、綺麗に語っても汚く語っても座りが悪いからだろうか。あってもなくても気になるホクロのようで、いったい幾らあれば「ある」と腹の底から納得できるのか謎だ。1億円なの?
『秘密のチャイハロ』は、そんな語りづらい「お金」や「格差」の話を少女漫画で繰り広げるダーティーな作品だ。なんたってこの表紙である。
真っ赤なランドセルからはみ出て舞い散る1万円札とポロポロ泣いてる女の子。なのに絵は安心の「なかよし」クオリティな可愛さ。なので「これはちょっと……」と眉をひそめる大人はいるかもなあ。うちのおばあちゃんとか。でも、おばあちゃん大丈夫よ、と思う。その視点で紹介する。
鈴木おさむの確信犯的世界
本作は放送作家の鈴木おさむが原作を担当している。表紙からして既に過激で「ひい!」のなのだが、そう、彼が脚本を書いたドラマは確信犯的な「ひい!」が多いのだ。テレビの前でのけぞりながら最終回まで視聴し、SNSで感想が出回り、数年経っても「あれ強烈だったわ、でも面白かったな」と覚えている。そして「SMAP×SMAP」にだって関わっていた。昔、うちはテレビに不寛容だったが、スマスマは家族みんなで観てオッケーの番組だった(あとは大相撲と欽ちゃんの仮装大賞)。おかげでアイドルに疎いのにSMAPだけは個体識別できてフルネームで言えた。
これらの楽しい思い出があるので信頼できるのだ。
“あの鈴木おさむが、あの「なかよし」で、「お金」の物語を描く”という点は本作のフックとして大きい。国民的アイドルのバラエティも、過激なドラマも、センスと調整力で成り立つ。だから、それらが今回も期待されているし、発揮されている。
私の大切な「なかよし」で展開される強烈な鈴木おさむ劇場はこんな感じだ。
主人公の“愛ちゃん”は成績優秀スポーツ万能、そして母子家庭で貧乏なおうちの子。
みんなに妬(ねた)まれ、貧乏を言いがかりにいじめられています。
ここで「あっ! コレは来るぞ!」と思っちゃうのだが、さんざん学校で貧乏をバカにされていたのに帰宅する自宅の門がどう見たってお屋敷。あやしい! ドラマの予感がめっちゃする。
ハイでました、自宅が物置。そして薄幸そうなママ! で、この物言いからしてヤバめなお屋敷の主にも期待が高まるのだが……。
圧倒的クソババアである。これが親戚という点で愛ちゃんにかなり同情だ。「デロ~ン」みたいなSEつきで登場しそうな悪役ぶりが毎話展開されるので期待してほしい。とくに顔芸のバリエーションが面白すぎる。口とか裂けてるし。
とことん虐げられた愛ちゃんはついに「貧乏なんてくそくらえ!」と立ち上がります。よしきた。が、そんな鉄板に次ぐ鉄板のあとに待つのは、誰も見たことがない世界「チャイハロ」です。
ここは選ばれし子供たちが極秘の仕事をこなし、1億円を稼ぐことだって夢じゃないという胡散臭さ満点の子供向けハローワーク。
鬼のような社長が仕切っています。でもかっこいい。いい美容室行ってそうだな……。
「尊厳」という言葉を使わずに「お金と尊厳」を描く
愛ちゃんの境遇や自分が振り回されてきたお金の問題を考えると「お金なんて」は口が裂けても言えないし「お金だいじ」と心から思う。でも「お金」で「尊厳」が傷つくのは悲しい。
『秘密のチャイハロ』は、そういう「お金のために何を売るの?」という点も、少女漫画らしく、とても用心深く、かつ真正面から描いている。
「やらない」と自分の中で決めた大事なことをお金のためにやっていいの?
ここを読んだとき、性描写なんて1つもないのに、「高収入♫」と一気飲みのコールのように繰り返し歌う広告宣伝車や、それが東京都の条例をかいくぐってでも白昼の都心を走りたかったことを思い出した。
「自分の体も、画像も、なんなら履いてた3足800円の靴下だってお金に変わる市場」はリアルにある。そして「高収入」を取り急ぎほしがる女の子と相性がいい。ちょっと怪しいことは全員わかる。でも、尊厳が不本意に傷つけられたり、自他への愛が損なわれる可能性と、そうなったあと自分に何が起きるかは本人にもわからないし、あのドンドコと能天気な「高収入♫」の歌は、そこを絶対歌わない。
これは、読者と作品とのあいだの約束でもある。だから私はどんなにえげつない展開が待っていても、愛ちゃんを見守って応援しよう、という気持ちでいる。これは「約束」を命綱に「お金」という崖っぷちを際どいステップで踊る過激な少女漫画なのだ。だから、おばあちゃん、心配だろうけど、大丈夫よ。
愛ちゃんの報酬は「3万円」からスタートし、その次のオファーは「100万円」です。既にだいぶアウトな汚れ仕事だ。
お金と仕事と信念になやむ愛ちゃん。2巻もヤバいんだろうな。はやく1億円たまりますように。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。