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2018.09.06

インタビュー

「獺祭 島耕作」発売秘話!連載35周年『島耕作』の著者・弘兼憲史氏が語る

今年7月の西日本豪雨で被災した純米大吟醸「獺祭」の蔵元、旭酒造。浸水被害によって3日間停電となり、当時発酵中だったタンク150本分のお酒が「獺祭」として販売できないものになってしまった。そこで立ち上がったのが、弘兼憲史さんだ。味は美味しいそのお酒を「獺祭 島耕作」として65万本(※)発売し、一本につき200円を復興支援に当てることになった。『島耕作』シリーズは今年で連載35周年。唯一無二の作品が生まれ続ける背景を、担当編集2人と語り合った。

※記者会見時の数字。実際にはこれまで約58万本が販売され、山口、岡山、広島、愛媛の4県に計約1億1600万円が寄付された。

大人たちが本気を出した復興支援への取り組み

外岡 「獺祭」で有名な旭酒造は、弘兼先生の故郷である山口県岩国市の酒蔵ですが、会長の桜井博志さん、社長の桜井一宏さんには、2016年に取材でお世話になりましたね。『会長 島耕作』で、島耕作が日本酒「喝采(かっさい)」造りに挑戦するというエピソードのモデルとなりました。

弘兼 その後、島耕作ラベルの非売品「シマコー獺祭」を読者プレゼントにしたんだよね。

外岡 はい。そのときに作ったラベルの版を、今回発売した「獺祭 島耕作」に活用することができました。

弘兼 最初はね、被災して泥水をかぶってしまった酒瓶を自費で100本買って、少しでも手助けしたいと申し出たんですよ。そうしたら、泥をかぶった酒瓶のものは外には売れないから、もっと大きな支援につながることをしたいという話になって。当時発酵中だった美味しいお酒がまだタンクにあるんだけれど、3日間停電があったからもう「獺祭」としては売れなくなってしまったということで、これを復興支援に役立てようという話になったんだよね。

外岡 すごいスピード感で決まっていきました。7月23日の夜に旭酒造さんと打ち合わせをして、8月2日には講談社で記者会見。大人が本気になると、ここまですごいんだなというのを目の当たりにしました!

田ノ上 その打ち合わせの場で、題字を岩見屋錦舟さん(書家。弘兼氏の同級生)にお願いする電話を弘兼先生自らされていましたよね。

弘兼 そうだったね。通常売られている「獺祭」の文字と「島耕作」の文字の感じが違うから、島耕作の題字を書いてもらっている岩見屋さんに今回の題字もお願いしようということになって。書いてもらえるか聞いたら即、快諾してくれて、3日後くらいに上がってきた。販売価格も、30分くらいでバタバタと決めて。最初は一本に寄付分100円をつけて1100円で売ろうという話だったんだけれど、そうすると寄付額は65万本全部売れても1億円にいかない。1100円というのも、何だか切りの悪い数字だし、買う意識としては100円も200円も変わらないんじゃないかということで、200円に決まった。

外岡 四合瓶一本で1200円(税別)。中には通常だと3万円を超える最高峰の獺祭「磨き その先へ」や通常5000円ほどの「磨き二割三分」のお酒があるのを、すべて同じラベルで発売するということで、ツイッターなどでは何が当たるかお楽しみの「獺祭ガチャ」だと盛り上がっていました。

弘兼 そうそう。ただ、飲み慣れていないとわからないから、違うものを飲んで「これが3万円のだ!」と言っている人もいれば、3万円のものを普通に飲む人もいただろうね。開けたらふたの裏に“当たり”って書いてほしかった(笑)。

外岡 8月10日の発売でしたが、8月7日の時点でもう65万本のうち40万本に予約が入っていました。発売日に池袋東武や池袋西武で120本発売された分も、30分で完売したそうですよ。ものすごい反響でした。

弘兼 メディアの力も大きいよね。いろいろな方が協力してくれて、ありがたかったですよ。

外岡 インスタでも、「#島耕作」をつけて多くの人がアップしてくれました。私の知人でも、居酒屋を経営している島耕作ファンが100本買ってお店で出していましたよ。

田ノ上 僕の友人もフェイスブックで「獺祭 島耕作」を上げていて、思わずコメントしました(笑)!

「獺祭 島耕作」発売の記者会見には50近いメディアが取材に訪れた。左から旭酒造・桜井一宏社長、弘兼氏、旭酒造・桜井博志会長

海外でも大人気! サラリーマン漫画の金字塔

外岡 取材に行く先々で先生のファンだという方が多いので、取材もしやすいですよね。今年、台湾へ行ったときも、台北松山空港で出待ちのファンに囲まれて大変でした。どうやら取材した台湾の国会に当たる立法院が、「今日弘兼先生が台湾を発たれます」とニュースを流したらしいんですよ。サインが欲しい、写真を撮って欲しいと押しつぶされそうになって、私はアイドルのマネージャーのような気分でした(笑)。

弘兼 芸能人になったかと思った。日本なら飲み屋へ行って裸踊りだってできるけど(笑)、台湾では何もできないな。

外岡 島耕作は全世界でシリーズ累計発行部数4000万部を突破していますが、台湾でも103万部出ています。いつも海外へ取材に行くときには、手土産用に『島耕作』のコミックをトランク2個分持っていきますよね。

弘兼 海外では日本の情報とか漫画があまり入らないから、持っていくと喜ばれるんですよ。

外岡 日本人の場合でも、海外出張のときはガイドブックより『島耕作』シリーズのNY編やミャンマー編を読んだほうがわかるという人もいます(笑)。社会人になった4月に読む人もいれば、人事異動の時期は昇進があるから『課長 島耕作』『部長 島耕作』といったシリーズが全部動いていくんですよね。やっぱり、日本で唯一とも言えるサラリーマン漫画の金字塔なんだというのを、担当していてすごく感じます。

弘兼 中国編などは、中国で起業しようとする人の参考になっていると言われましたね。世の中にサラリーマン漫画はいろいろありますけど、これほどリアルにサラリーマンの仕事を描いたのはたぶん初めてだろうしね。

田ノ上 僕は今年の6月に先生の担当になって、それから全部読み返しましたが、学生編なども当時の政治経済や風俗文化がわかって、とても新鮮でした。

弘兼 スペースが決まっている漫画は余計なことが描けない分、わかりやすいんですよね。学生運動が一番盛んな時期でしたから、それを中心にしながらも、島耕作は全然巻き込まれない。面倒くさいなと思う、ちょっと批判的な傍観者をメインに描いているんです。あの時代を描くとどうしても学生運動に共感するようになってしまうので、あんなものって感じで描きました。

外岡 島耕作は時代を俯瞰の目で見ていますよね。

弘兼 自分のキャラクターを強く出すタイプじゃないですね。勢いのある突出した主人公というよりも、むしろバイプレーヤーを活躍させて、話に広がりを持たせるというか。リアルにいけば、島耕作のようなちゃんと俯瞰で見られる人じゃないと上には行けないと思うので。

外岡 CMにもいろいろ起用されたりして、島耕作は講談社が誇るキャラクターです。

田ノ上 もう文化人のような扱いですよね。スキャンダルの心配もないですし(笑)。

外岡 この秋も日本橋の三越で島耕作まつりを予定していますし、来年の3月までは35周年のイベントもまだまだ開催していくことになりそうです!

エンターテインメントが50、情報が50

弘兼 実は旭酒造の桜井社長と知り合ったのは2015年頃の取材より前で、ニューヨークで若手の起業家がたくさん集まる会があって、そこで講演をやったときに聞きに来られていたんですよ。そのあとお父さんの会長とも知り合って、取材させていただくことになりました。そういえば、その講演にはまだお店を始めたばかりのゴーゴーカレーの社長さんなどもいたりして。彼は松井秀樹のファンで、背番号55にかけてゴーゴーカレーにしたらしいよ。

外岡 そうなんですね(笑)。それにしても、これだけ人脈が広くて、経済界や政治家の大物と直に話せるような漫画家は先生の他にいないですよね。

弘兼 取材はもう、半分は人脈ですからね。もともと松下電器に勤めていた関係で、後輩というか、世界各国にあるパナソニックの工場の人たちにもつながりがあるし、メンバーとなっているゴルフ場では政治家や企業の会長さん、社長さんとのつながりもさらにできます。ゴルフをしながらインタビューを頼んだりすることもあるんです。漫画家って忙しいし、他の業界の人とはあまり付き合う機会がないものだけど、僕はあえて漫画以外の業界の人と付き合って広げようとするところがあります。『島耕作』は、エンターテインメントが50で情報が50だから、情報の部分も非常に大切でね。日頃の付き合いも全部、仕事につながっているところがある。銀座で飲んでいたときは、ちゃんと典子ママの話を描きましたから(笑)。

外岡 しっかり元は取っていますね(笑)。取材時に気をつけていることはありますか?

弘兼 あきらかに向こうが面倒くさそうな顔をしたときは、もう辞めますよね。アメリカで政府機関の方に取材したとき、そういうことがあったんですよ。取材趣旨もあまり伝わっていなくて、「何をしにきたんだ」という感じで、時計まで見始めたから。そのときは手土産を持っていかなかったのも、まずかったですね(笑)。

田ノ上 確かに、手土産はいつも必ず用意します(笑)。

弘兼 手土産にコミック一冊でもあれば、結構乗ってくれるんですよ。あと、政治家相手の場合は表に出せないこともいっぱいあるから、「ここは書かないで欲しい」というリクエストがあれば、信義を絶対に守る。『加治隆介の議』ではたくさんの政治家から話を聞いたけどね。当たり前のことだけど、持ち時間を守るとか、怒らせたらダメだよね。好かれないと、もう二度と取材ができないから。幸いなことに、政治家も官僚も、あんなにエリートばかりなのに、僕の漫画を読んでいる人が結構多いんですよ。「子どもの頃、『ハロー張りネズミ』読んでいました!」なんて言う人が。だから取材はしやすいですね。新聞や週刊誌の記者が相手だと、彼らも「何を書かれるんだろう」と構えるけど、その点、漫画家だから得しています。あとね、政治家でも失言が多い人というのは、やっぱり話も面白い。相手を喜ばせようとするサービス精神があるから、失言もしちゃうんだけれど(笑)。ゆっくり10くらい聞き出して、3描けたらいいかなというところですね。

外岡 国内でも海外でも、取材に行く先々で皆さん先生に篭絡されていきますよね。ああ、また人をたらしてる、勝手にモテてる、と思います(笑)。サインや写真も絶対に断らないですもんね。

弘兼 それは断れないですよ。色紙まで用意してくれていて、サインはやりませんなんて言ったら、今は何と書かれるか(笑)!

弘兼憲史(ひろかね・けんし) イメージ
弘兼憲史(ひろかね・けんし)

1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業。松下電器産業に勤務の後、1974年漫画家デビュー。『人間交差点』(原作 矢島正雄)で第30回小学館漫画賞、『課長 島耕作』で第15回講談社漫画賞、『黄昏流星群』で2000年文化庁メディア芸術祭優秀賞と2003年漫画家協会賞大賞を受賞。2007年には紫綬褒章を受章。そのほか主な作品に『ハロー張りネズミ』『加治隆介の議』など多数。現在は『会長 島耕作』(モーニング)、『黄昏流星群』(ビッグコミックオリジナル)を連載中。

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