乙女たちに、伝えたい
善玉菌の“ビフィダム”さま。泣きぼくろがいい感じの王子さま系美男子。
あ、こっちも男前だ。悪玉菌の“ウェルシュ”さまは憎めないヒールとして日々戦い続けている。
“白せん菌”……ハイ、存じ上げております。さすらいのイケメン。いいじゃん、みんなイケメンじゃん。
泣かないで! “大腸菌”ちゃん! (大腸菌と病原性大腸菌は別物なのです。私は大腸菌ちゃんが一番好きだ。かわいい)
……読めば読むほど「ああ、すごいなあ」となる。
『はたらく細菌』は『はたらく細胞』シリーズの細菌バージョンだ。細菌たちが日々身体のなかで何をしているのか?が描かれている。
最初の舞台は菌のるつぼである腸内。で、腸の目玉行事といえば「下痢」があるのですが。
小学生男児が相手ならば下痢ネタは余裕だろう。むしろ積極的に話題をふってゆきたい。しかし本作の展開プラットフォームは「なかよし」なのです。キャンディ・キャンディをはじめ、愛と正義のセーラー服美少女戦士も活躍した少女漫画の殿堂だ。
想像してみてほしい。「先輩! 好きです!」と恋と夢とミラクルが花咲く数ページ先で「下痢です!」の文字が躍ることを。
細菌たちの健気で真摯な働きぶりを語るためには「下痢」から逃げてはいけない。同時に少女誌としてのブランディングもあるだろう。
「かっこいい先輩、あこがれちゃうよね」と同じ土俵で「下痢、みんな経験してるよね」を語り、なかよし読者の乙女に「下痢」を「初恋」と同じように楽しんでもらいたい。大変ですよこれは。
そこをちゃんと大真面目に美しくクリアしているので、私は読みながら「ああ」となるのだ。 「ビフィダムとウェルシュならウェルシュのほうが私は好き!」とか余裕で語れる。
これは「私」の物語
絵柄やキャラクター描写のおかげで第1話から堂々と放たれる「おなら」すら魔法大戦っぽさがあってアリだなと思える。
しかも宿主はどうやらJKである模様。なのでメインターゲットの読者女子は「コレ、私の物語!?」と思うはずだ。
ある意味ヒロインど真ん中なのだ。
そういえば「なかよし」世代の年頃にさしかかると「ニキビ」や「便秘」などの細菌がらみのシビアな悩みが急に目の前に躍り出てくる。ドラッグストアで「ニキビに効く洗顔フォーム」を穴が空くほど見つめて吟味する女の子の悩みは痛いほどわかる。
身体の悩みが急増するのと同時に、自分の身体と向き合うことを覚える時期でもある。自立はまだできなくても自律は始まる。「自律」と書かれた額縁が中学校の教室にでかでかと掲げられていたのを思い出した。あれは「君たちいい加減自分のことは自分でやりましょう」という学校からのメッセージだったのだろう。
オシャレも気になるし、ダイエットもしなきゃいけない気がするし、玉石混交の美容ネタもどんどん目につくようになる。とはいえ一番大切なのは「健康でいること」だ。
三十路を越えたあたりでようやく「高い化粧品より腸内環境が美肌のキモ」と気づいた身としては、「健康」や「食事」の大切さや、それが簡単に損なわれてしまうことの危うさを女の子に知ってもらいたいが、それをそのまま言っても全然面白くない。面白くないものやお説教は基本アタマに入りづらいが、少女漫画の可憐さとテンションならばいける気がする。
「イモ」のあまりのイモっぷりに笑ってしまった
もちろん大人が読んでも楽しい。悪玉菌目線のエピソードが多いためか、悪いものをただ駆逐すればいいってものじゃない「菌活」の複雑さを知ることができる。各話の途中に入る補足の部分に「個人差があります」とちゃんと書かれている所にも誠実さがうかがえる。
菌活って一筋縄ではいかないし、生きている限りずっと続けるものだ。でも面白い。若い人にこそ早く知ってほしいなあ。
「たのしくてためになる」ってこういうことだと思う。身体の悩みにかわいく答えてくれる漫画があるって心強い。かつて「なかよし」を毎月心待ちにしていた元乙女は、そこに唸らずにはいられない。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。