遠い未来、地上から人間は姿を消し、代わりにその地で息づく28人の宝石たち。
月より彼ら宝石たちを宝飾品にしようと襲いかかる「月人」に立ち向かうため、それぞれの鉱物の特性にあった戦闘能力を持った宝石達が繰り広げる、軽やかで躍動感に溢れたファンタジーアクション『宝石の国』。市川春子による初の長編作品となる本作は、豪華スタッフと声優陣によるテレビアニメも放映中だ。
物語に登場する28人の宝石たちは、ダイヤモンドやアメシスト、ラピスラズリなどの誰もが知る宝石から、ベニトアイトやネプチュナイトなど、一般的にあまり馴染みのない鉱物まで幅広い。
そんな多彩な鉱物たちが登場する本作の主人公は、フォスフォフィライト(以下フォス)。この鉱物を知らなかった人は正直に手を上げてみよう。かくいう私も本作を読むまでは知らなかった。薄荷色の透き通った結晶を持つフォスフォフィライトは、とても美しい鉱物であるが、非常に脆く弱い。
鉱物の堅さを示すモース硬度は3.5。硬貨でこすればキズが付いてしまうほどの脆弱さ。 Wikipediaを紐解けばその美しくはかなげな結晶を見ることができるが、事実、その加工の難しさ、デリケートさによって実用的な宝飾品として使用するのは困難だそうだ。
そしてその硬度の低さはおなじ宝石の仲間である硬度7のモルガナイトに触れたらフォス自分が割れてしまうくらい、脆弱な存在──彼を中心に紡ぐ物語が『宝石の国』だ。
無機物であるはずの宝石たちは、内包物(インクルージョン)と呼ばれる微小生物が結晶をつなぎ、インクルージョンが光を食べて動いている。無機物であるがゆえ、彼らに「死」という概念はない。例え月人の攻撃を受けてばらばらに砕け散っても、かけらを集めて繋げば再びに復活できる。
フォスの脆弱さは、この悠久ともいえる世界にも退廃的で危うげな儚さをもたらしている。──事実、幾度もフォスは砕け散り、しまいには両手両足どころか頭まで失ってしまうのだ。
誰かに必要とされたい気持ち
フォスはその脆さから戦闘には向かず、見張りにも医療にも工芸にも向いて織らず、生まれて300年間、何の仕事(役割)も与えてもらえなかった、「必要とされていない」存在だった。
おなじく、夜の世界でひとり見回りをして過ごすシンシャ。身体から銀色の毒を吐き出してしまう性質を持っているために他の宝石たちと距離を置いている。
シンシャが吐き出す毒液に宝石達が触れてしまうとその部分は光を通さなくなり、削らなければならなくなってしまう。そのため寮のルームメイトからも居るだけで迷惑がられ、いっそ月人に攫われてしまおうと、ひとりで見回りを続けている。
技術あるもの2人1組で見張る者、戦う者、それぞれ得意な分野を担い補い合って暮らしている宝石たちにとって外れた者同士、必要とし合うのは必然なのか。
月人に連れて行かれようとふるまうシンシャに「君にしかできない仕事を必ず見つけてみせるから」と自分の仕事すらままならないフォスが約束するさまは、ジュブナイル小説のようにいじらしくて微笑ましい。
物語の核心へと向けて
フォスが両手両足を失い、ついには頭まで失ってまで得られた事実は、かつてこの星にいたものは"にんげん"であることのみ。月人は何なのか、襲いかかってくる月人との関わりを感じさせる金剛先生は一体何者なのか謎は深まるばかり。
好奇心旺盛で無鉄砲なフォスは、月人に直接話を聞こうと、月に行くことを画策している。文字通り自分を失い続け、変わり続けたフォスが、「今の僕では先生と月人のひみつに辿り着けない」と冷静になる。
その後のさらなる喪失と変化を経ることで覚悟を決め、「今の僕でどこまで行けるか少しだけ、楽しみだ」と思えるようになる成長過程を、どうか見届けて欲しいと思う。
ジェンダーを超越したエロティシズム
宝石たちのやりとりは少年同士のやりとりのようでいて、思春期の男女のようでもあり、性別としての境界線があいまいな印象を受ける。
宝石たちは、すらりと伸びた長い手足に艶めかしいお尻から伸びる丸みを帯びた脚線美を備えている。それなのに、彼だとか、お兄様だとか、僕だとか。え、男の子なの? かくいう私も 「あれ、自分もしかして男の子もイケるの? 新しい扉を開いた?」なんて、読み始めたときは戸惑った。
本作の宝石たちは、作者の市川春子が2014年に「このマンガがすごい!web」のインタビュー で述べているとおり、無機物無生殖である彼らに性別はないという。インタビューの中では宝石たちを、上半身は少年、下半身は少女をイメージして描いているということを明かしている。
ジェンダーレスな雰囲気を滲ませつつ、友情と愛情が曖昧で未成熟な関係性が男性読者にも女性読者にも琴線に響くきわどいラインをせめてくる。解釈次第でさまざまな嗜好の読者を捉えて放さないだろう。
そして、本作は電子書籍派も店頭で手に取ってもらいたい。市川先生みずからが手がけた装丁はまるで絵本のように鮮やかで、ホログラム仕立ての表紙はまるで宝石のようだから。
擬人化されたキャラクターが活躍する作品が魅力的で、その中に「推せる」キャラがいれば関連するアイテムを手元に置きたくなる心理、とても良くわかります。戦艦とか刀とかはさすがに厳しくても、宝石だったら──がんばれば……ね。
■公式サイトはこちら⇒http://afternoon.moae.jp/lineup/235
■TVアニメ公式サイトはこちら⇒http://land-of-the-lustrous.com/
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。