『さよなら絶望先生』、『じょしらく』など人気作を連発してきた久米田康治先生。その最新作『かくしごと』(月刊少年マガジン連載中)は、漫画家が主人公のハートフル風味のショートストーリーだ。作者の久米田先生に制作裏話をうかがった。
1967年神奈川県生まれ。1991年『行け!!南国アイスホッケー部』(小学館)でデビュー。2007年『さよなら絶望先生』で第31回講談社漫画賞少年部門を受賞。受賞パーティーを「生前葬」という形で行い話題となった。その他の著作に『かってに改蔵』や『なんくる姉さん』(原作を担当)などがある。
最初は「マンガ家漫画」というジャンルは描きたくなかった
──「かくしごと」の意味は「隠し事」だけじゃなく、「描く仕事」だった!というタイトルの仕掛けには騙されました。『かくしごと』はどういった経緯で描くことになったのでしょう?
久米田康治(以下 久米田):最初は担当さんからの勧めです。でもこのジャンルってやり尽くされているから埋没しそうだし、もう新鮮さがない感じがして正直やりたくなかったんです。
──なぜやる気になったのですか?
久米田:こういうものをやりたいですと自発的にいうパワーが僕にはないんですよ。だから担当さんから提案されたことを考えていくってことが楽っていうのがありまして。提案してもらったことに自分なりにアレンジ加える方が僕はやりやすい。で、下ネタ漫画を描いてきたことで蔑まれて、職業を隠していた経験があったので“マンガ家であることを隠す”というスタンスならできるかもしれないと思いました。実は親兄弟に隠している人って結構いるんですよ。
──久米田先生もご家族に隠していた経験があるのですか?
久米田:家族には隠してないです。美容院とかで仕事を聞かれると「コミックのカバーデザインの仕事をしています」って言うくらいですかね。
──『かくしごと』の主人公の後藤可久士(ごとうかくし)先生は娘の姫ちゃんに自分の仕事がバレないよう奮闘します。久米田先生は、ご自分のコミックスなどはどうしていますか?
久米田:僕も家には置いていません。すべて仕事場にあります。
──作中で可久士先生が近所の方に、他の作家さんのキャラを描いてと言われていましたが、久米田先生も描いたことがあるんですよね。
久米田:はい。エピソードはほぼ実話に基づいています。公安警察が来たのも本当です。作中では1回でしたが実際は2回来ました。善意の第三者からの通報によって……。マンガ家の仕事場って普通の人から見ると怪しく見えるみたいですね。
まず、やらないことを決めてスタートした
──前作では、下ネタなども描いていましたが、今回は出てこないですね。
久米田:『かくしごと』は最初に「やらないこと」を決めてスタートしたんです。今までの僕の作品はスラップスティック・コメディというか、宇宙人が出てきたり、色んな世界に行ったりと何でもあり的な世界観でした。そういった不思議な異次元の話はやらない。人も死なない。現実に即した振り幅の中にとどめようと。今までと全然違うので赤塚不二夫先生ではないけれど、「これでいいのか?」と思いながら描いてはいます。
──世界のどこかにこういうマンガ家さんもいるだろうなと思えるような感じですね。
久米田:そうです。でもやらないと決めたけれどそれはそれでストレスだったりするので悩ましいです。思いついちゃったけど描けないネタがたくさんあります。
──構成もショートの詰め合わせのようで今までとはガラッと変わっていますよね。「月刊少年マガジン」本誌のレイアウトも仕掛けが施されていてワクワクします。第1話の扉が「週刊かくしごと」、「最新型漫画誌 新創刊!!」という架空の雑誌の体になっていたり、各ショートストーリーの最後に可久士先生のあとがきがあるのもお得感があって面白いです。
久米田:新しい作品ですから気軽に読んでもらいたいなと思って短いお話をつなげる形にしました。あと、あとがきだけ読んでいる人っているじゃないですか。じゃあいっぱいつけちゃえって。
──可久士先生が描いたという架空の設定の漫画『風のタイツ』のコミックスの宣伝が、『かくしごと』の欄外にさりげなくはいっていたりして、虚構と現実がないまぜになっていて笑ってしまいました。
久米田:昔は嘘の広告は許されませんでしたが、ネタだってわかるような場所に担当さんが入れてくれているのでオッケーみたいです。藤田さん(漫画家・藤田和日郎氏)をモデルにしたキャラを出した時は、『(黒博物館)スプリンガルド』のコミックスの宣伝を欄外に入れました。
──「モーニング」作品の宣伝を「月マガ」で(笑)。ちなみに藤田先生には事前に何か話をされたんですか?
久米田:いえ、してないです。出てくる漫画家さんは美男美女に描くというのも今回の決め事のひとつだったんですよ。そうすれば文句も言われないでしょ(笑)。
──まさに「カッコ良く描かれてたからいいや」と藤田先生はツイッターでつぶやいていましたね。これから他の漫画家さんの登場予定はありますか?
久米田:考え中です。必要に応じて。
僕の漫画を見ないでください(笑)
──今年は漫画家人生で初の「画集」が出ると伺いました。
久米田:需要あるんですかね。
──めちゃくちゃ後ろ向きですね(笑)。
久米田:だって僕だったら買わないもの(笑)。今年は『かくしごと』の1巻も出るし、「ヤングマガジンサード」で連載中の『なんくる姉さん』の1巻……と色々出るんですけど、良いことがありすぎて死ぬのかもしれないと思っています。僕だけ自分の死期が近いことを知らなくて、皆がそんな僕のために色々やってくれているのかもって。
──『かくしごと』は先生にとって久々の「1巻」です。『さよなら絶望先生』のような長く続いた連載のコミックスの、途中の巻の発売とは心境が違いますか?
久米田:始まっちゃったな〜って感じです。終わらすのって大変なんですよ。始めたからには最後まで責任を持たないと気持ち悪い。でも僕も若くないんでいつ死んじゃうかわからないから終わらせる自信もない。非常に不安です。最近藤田先生と会うと「次会うのは誰かの葬式かな」って話すんですよ。いつの間にかお互い歳とっちゃったねって。
──これまでの久米田先生のコミックスのようなあとがきや描き下ろし企画を『かくしごと』1巻では何か考えていますか?
久米田:フルカラー予告編として描いた「7年後の話」の続きをコミックスで連載展開していこうと思っています。本編で描かれていない7年間のことがコミックスで明らかになっていく──みたいな。最終的には本編とつながればいいですね。7年後、可久士先生はまだマンガ家を続けているのか、とかあるじゃないですか。もしかしたら死んじゃってるかもしれないし。
──連載当初は久米田先生らしいテンポの良いショートギャグでしたが、段々と可久士先生と姫ちゃん父娘の話がメインになってきましたよね。
久米田:そうですね。もともとそれを描こうと思っていたので。でも家族モノというか、ちょっとセンチメンタルな話は描き慣れないので恥ずかしいどころの騒ぎじゃないです。仕事机からなるべく遠く離れて描きたい。近くで描くのが恥ずかしい。そうでなくとも『かくしごと』はアップが多いので大変です。オッサンになって高校生の恋愛やチューを描いている先生は本当にすごいです。なんで描けるんだろう。表現者として何か主張できる人ってすごいなって思います。読んでくださいとか、こういう思いで描いていますって言う人とか。そんなの将来ブレるかもしれないじゃないですか。僕なんて考えていたシーンを描き終えた次の瞬間には落ち込んじゃいますから。漫画を描きはじめて長いですけど、多分僕は漫画家を仕事として割り切れていないんです。だから漫画は自分の日記をさらしている感覚に近い。正直見られると恥ずかしいです。
──読者の方へ熱いメッセージをいただきたかったのですが(笑)。
久米田:熱いメッセージとか言ったことないですよ(笑)。でも読んでもらうと恥ずかしいといいつつ、“褒められたい” “罵倒されたい”っていう思いもあるんです。読まないでほしいって思っているけど、読んでもらえるとちょっと快感……みたいな。
『かくしごと』は「月刊少年マガジン」で絶賛連載中!! 待望のコミックス1巻は6月発売予定!!