「大人になったギャルとオタク」のガチンコ創作青春ドラマ
そんな彼が実家の銭湯兼コインランドリーで、高校時代のクラスメイトであるギャルの椿月(つばき)と再会する。
高校時代、教室の片隅でひっそりと絵を描いていた啓太に対して、気まぐれに絡んできていた椿月。彼女は大人になった現在も、変わらない様子で啓太を翻弄する。
再会当日に、椿月に引きずられるようにサシ飲みすることになった啓太。その中で、彼女が左手の薬指に指輪をしていることに気づく。
そのまま流れで啓太のアパートで宅飲みすることになり、なぜか彼女の前で過去に投げ出した未完の作品の続きを描くことになった啓太。そんな不思議な時間を過ごす中で、啓太は彼女の抱える意外な事情を知ることになる。
SNSへの漫画投稿を再開した啓太。それを知り、喜んでいる人間がもう一人いた。
かつて啓太自身が受賞した新人賞の授賞式で出会い、あれよあれよという間に売れっ子作家になった同期の女性漫画家・芦原純(あしはらすみ)だ。
芦原純からの連絡を受け、近く開催される即売会への出品を決意する啓太。
そこに買いに来るという芦原純と、啓太の作品の売り子に立候補する椿月。そして純の現在の担当編集や、かつて啓太を担当した編集者などが、再始動した啓太の存在に気づく。
止まっていた啓太の時が、椿月との再会をキッカケに動き始めた。
本作は、一度は夢に破れた主人公と事情を抱えたヒロインが、ふたたび関わり合いながら人生を再構築していく「大人になったギャルとオタクのガチンコ創作青春ドラマ」である。
「オタクとギャル」を入り口に「挫折と再生」を描く一作
そのうえで、決してただの「甘酸っぱい青春の延長上にある妄想恋愛ファンタジー」ではない。そのつもりで読んでいた読者も、「一度は夢に破れ、現実に打ちのめされた青年が、不器用に、しかし少しずつ熱を帯びながら人生を再構築していく」という真摯なヒューマンドラマを感じられる展開に、不意に胸が熱くなっていく。
主人公の啓太は漫画家になるという夢を抱いて進学したものの、その夢を諦めて逃げるように地元へと出戻ってきた青年だ。何物にもなれなかったという強烈な挫折感と、何をして生きていけばいいかわからない虚無感。そんな彼の前に現れたのが、高校時代のクラスメイトであり、当時からスクールカーストの頂点にいたギャルの椿月である。
教室の隅でひたすら絵を描いていた地味なオタク青年に、クラスの中心人物である派手なギャルが気まぐれに、しかし確かな好意や興味を持って絡んでくる。椿月の奔放な振る舞いや少し意地悪で魅力的な笑顔、啓太を翻弄する無防備な表情は、王道ラブコメとしての「萌え」とトキメキを十二分に満たしてくれる。
しかし本作が、単なる「オタクの願望充足ファンタジー」に留まらないのは、二人がすでに社会の荒波に揉まれた経験を持つ「オトナ」であるがためだ。
二人それぞれが、リアルな悩みや痛みを抱えている。啓太の抱える挫折は、仕事や夢、人生の壁にぶつかり、立ち止まってしまった経験を持つすべての大人にとって、目を背けたくなるほど痛切なものだ。
そんな傷ついた彼を、椿月は持ち前の明るさと強引さで「日常」へと引っ張り出していく。だが、彼女自身もまた無傷の存在ではない。彼女もまた事情を抱え、人生の岐路、あるいは暗がりの中にいることが、作中において次第に示唆されていく。
つまり、この物語は「完璧な陽キャヒロインが、可哀想な陰キャ主人公を一方的に救済する物語」ではない。ここで浮かび上がってくるのが、本作のもう一つの核である「人に支えられながら人生をやり直す」というドラマ性である。
椿月というかつての憧れであり、現在は同じように傷を抱えた異質な存在との関わり。そこに啓太の過去の“ライバル”であった芦原純や、かつての担当編集者が絡み、少しずつ啓太の止まっていた時間を動かしていく。
一方、椿月の方も啓太を光の中に導こうとする中、亡き夫の妹をはじめ椿月自身の傷にかかわりを持つ人々とふたたび触れ合うことで、実は同様に止まっていた彼女の時間も動き始めていく。
「オタクとギャル」というポップな入り口から読者を招き入れ、その奥にある「挫折と再生」という普遍的なテーマで心を大きく揺さぶる本作。傷を舐め合うのではなく、不格好でも互いに支え合い、ガチンコで自らの人生に向き合う二人の姿は、酸いも甘いも噛み分けた大人世代の心にも、深く突き刺さるはずだ。








