「幸福」が数値化された世界で「幸福」の裏に潜むさまざまな事件を追う
感情、健康、人間関係、生理反応や生活リズム、活動履歴など、日常の膨大なデータから個人の「幸福スコア」を導き出したものである。
この世界では15年前に制定された法律「国民幸福管理法」により、PAXを活用した幸福モニタリング体制が導入されている。高いPAXの者は優遇され、低いPAXの者は社会的信用も低く改善が求められる。低さが一定の基準を超えたら、矯正施設への入所が義務付けられる。
主人公は、異様に高く安定したPAXスコアを持つケースワーカー、百道佐智夫(ももちさちお)。地方公務員だった彼は、ある日突然、事件になる前の異変を調査する「幸福局の公安」こと「国民幸福管理局 特別対応室」に大抜擢される。
彼はそこで、PAXはやや低め、元は警視庁捜査一課の優秀な捜査官だった問題児・六渡馨(ろくどかおる)と、凸凹バディを組むことになる。
彼らは、あるときは「PAXからの解脱」を宣言する動画アカウントの主が絡む行方不明事件を捜索し、命を落とした動画主を山中で発見。さらに、事件に巻き込まれて山中で命を落としかけていた、動画主と秘密の関係にあった女性を発見する。
またあるときは従業員のPAXが揃って異常に下がっている清掃業者のパワハラを捜査する中で、彼らが遂行していたとんでもない「裏の仕事」を突き止める。
次の案件では、矯正施設のなかでPAXの数値をかく乱する「ノイズの嵐」を人為的に作り、データを無効化する女性が登場。PAXのスコアによりすべてが管理される世の中をゆるがせにしかねない天才エンジニアの存在が明らかになったところで、1巻が終わる。
本作は「幸福」が数値化された近未来の日本を舞台に、「幸福」の裏に潜むさまざまな事件を凸凹バディの二人が追っていくSFミステリーである。
国家システムによって管理された社会の中で、人間の本当の幸せや生き方を問う
一方で「管理される幸せ」というものは、たしかにある。人は意思決定を他人に委ねることにより得られる「心の安寧」に、少し慣れてしまうとなにも疑問を持たなくなる。
物語の冒頭、本作の設定を知る中で私が思い出したのは、15年ほど前に話題になりドラマ化もされた人気作品『イキガミ』である。
『イキガミ』は「国家繁栄維持法(通称:国繁法)」という、国民に「死の恐怖」を植え付けることで生命の価値を再認識させる法律が存在する世界が舞台。
全国民が小学校入学時に「1000人に1人が18~24歳の間に命を落とす」カプセルを注射され、対象者は死の24時間前に「逝紙(イキガミ)」と呼ばれる死亡予告証が届けられる。
この「イキガミ」が届いた若者たちが、最後の24時間をどう生きるか、そして残された者たちがどうなるのかを、毎回1〜2話完結のオムニバス形式でドラマチックに描いた物語だ。
設定自体は本作と大きく異なるのに、なぜ『イキガミ』を思い出したのか。おそらくキーワードは「国家による過剰な管理」だろう。
『PAX 国民幸福管理局』の世界では、PAXシステムのおかげで児童虐待などの早期発見が可能であり、仮に誰かがその他の犯罪に巻き込まれたときも、管理された数値の変化から発覚がかなり容易になっている。
実際、百道らが捜査する事件についても、その発覚も、捜査の決め手も、事件解決につながる「捜査中の違和感」の根拠も、そのほとんどがPAXスコアの変化だ。
一方で人々は「幸せを感じていない」という理由だけで「スコアを上げる努力」が義務付けられ、一定のレベルを超えると矯正施設への収容まで行われてしまう。
それらのメリットとデメリットを勘案したうえで、国会で「国民幸福管理法」が制定されたのならば、まさに誰もが「管理される幸せ」という社会を求めた一種のディストピアと言えるだろう。
『PAX 国民幸福管理局』も『イキガミ』も、どちらも「国家システム(法律や数値)によって管理された社会の中で、人間の本当の幸せや生き方とは何かを問う」という、骨太なテーマが背景にあるように思う。
本作は今のところ、PAXが異様に高く、常に笑顔で感情の揺れがほとんどない主人公・百道と、やや感情的でPAX数値も低めの問題児・六渡の凸凹バディが活躍する「王道の事件解決ミステリー」の様相ではある。
しかし物語が進行していく中で、
●実は百道の出自が「記憶喪失の身元不明児」であること
●六渡が刑事時代に個人的に追っていたある事件を「特別対応室」でも追い続けていること
など、今後の展開を大きく左右するであろう設定が、徐々に明らかにされていく。
「PAXの申し子」である百道が、「特別対応室」でPAXシステムをゆるがせにしかねない事件を追い続ける中で、何を見つけ、何を感じ、どんな動きをしていくのか。
おそらく2巻以降では「この世界」の根幹を危うくするような巨大な案件にぶち当たるのではないか。これだけ重厚な特殊設定をぶち上げた作品だけに、きっと期待に応えてくれることだろう。








