《もう一つの「夫婦」の葛藤と再構築の物語》――第1巻のカバー裏には、こんなフレーズがある。本作は、一見“いい夫婦”として波風の立たない日々を過ごしてきた夫婦が、かつてない危機を迎える姿を描いた人気作『
1122』(2016~2020年連載)のスピンオフ作品。「婚外恋愛許可制(公認不倫)」を実践する30代夫婦・一子(いちこ)と二也(おとや)が辿る波乱万丈の顛末は、ぜひ『1122』コミックス全7巻で堪能していただきたい。2024年にはAmazon Prime Videoで実写ドラマシリーズ化もされ、主演の高畑充希と岡田将生が本当に夫婦になってしまったのも記憶に新しい。
そして、2025年に連載スタートした本作も、ある夫婦に生じる「亀裂」を赤裸々に描いている。スピンオフといっても読み応えは決して前作に引けを取らない。リアルな現代性も、そう簡単には巻き返せなさそうな追い詰められ方も、さらに倍増していると言えよう。
結婚10年目の五代敦史(あつし)・紗綾(さあや)の夫婦は、一人娘の莉生(りお)を育てながら平穏な日常生活を送っている――と、思われた。実はそう思っていたのは夫だけで、妻はある日突然、別れを切り出す。積もり積もった不満と不信、そして思いがけない相手との恋が、彼女の背中を押したのだった。いきなりの通告に衝撃を受ける夫は、混乱しながらも懸命に最適解を見出そうとする……というのが、物語序盤のおおまかなあらすじ。よくある話と感じる人も多いだろうが、本作の場合、随所に現代的なモチーフがちりばめられている。夫も妻も、未婚の恋人たちも、同性カップルも含め、双方にとって「非常に勉強になる」内容なのではないだろうか。
紗綾が恋するのは、ボランティア活動で出会った若い女性、むっちゃん。「女性に恋をするなんて考えたこともなかった」と心のなかで呟く彼女だが、恋の目覚めはいついかなるときにも発生しうる。ましてやパートナーへの不信感MAX状態であればなおのこと……さらに、「嫁」として夫の実家で味わうプレッシャーや孤立感など、ある意味で彼女の背中をじわじわと押してきたストレス要因の数々も次々と劇中に映し出されていく。
自分を高めてくれる相手=むっちゃんと出会い、初めての感覚の連続に華やぐ紗綾の姿に、大人はきっと若干の危なっかしさを感じるのだろう。もちろんそれは「そのまま突っ走ってくれ!」という本来の願望に添えた、ちょっとしたスパイス程度のエクスキューズに違いない(大人になるとアクセルよりブレーキのほうが大事に思えてくるものだろうから、まあ仕方がない)。この作品が「葛藤と再構築の物語」だというのなら、より突き抜けた家族のかたちを描いた物語になるのではないか、とも期待させる。
そういう意味で、少なくとも第1巻の時点では、夫の勝ち目はまるで感じさせない。
第4話では、『1122』の主人公“いちことおとやん”が再登場。傷心の夫・敦史の抱える問題点と致命的無理解を、タコ焼きパーティーと同時進行で炙り出していくシーンは、コミカルかつスリリングな本編随一の見せ場だ。回想シーンが全員の眼前に再生されるリアリズム的には掟破りなくだりも楽しい。
ダメなところだらけ(=つまり男性読者にとっては身につまされるところだらけ)の夫が今後どう挽回していくのか、どこまで人間的成長を見せるのか、結婚や家庭という制度から脱却して新たな地平に立てるのかどうか、手に汗握りながら見届けたい。
キレのあるセリフ、モノローグの数々にも痺れる。ぜひ実生活でも真似したくなってしまうが、どうせ波風を立てるなら、ここぞというタイミングまでとっておきたいところだ。
もちろん、リアリティのない展開には流れない(だから脇道で多少遊んでも戻ってこれる)。それはこの作者のストーリーテラーとしての強靭さを物語るところでもあるだろう。そして『1122』の“いちことおとやん”のドラマとは一線を画す部分――幼い娘・莉生の存在もどれだけ大きく描かれるのか、どんなターニングポイントの役割を果たすのか、期待は高まる。前作同様、いまや正解などない人間関係の“よきかたち”を問う、優れた現代劇の匂いがする。
レビュアー
岡本敦史
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。