だいたいの仕事には本音と建前やオンオフがあるが、自分が実際に働くまでは、その存在がよくわからなかった。極端な話、消防士さんは365日24時間消防服を着ていると幼い頃は思っていたし、幼稚園の先生も看護師さんもスーパーのレジの人も同様だ。ただ、それぞれの仕事のくわしい本音と建前は、大人になった今でも意外とわからなかったりする。「あるんだろうなぁ」と気配だけは察しているが、実情は、やはり当事者でないとわからない気がする。
『ナースの取扱説明書(トリセツ)』は、看護師の本音と建前、オンとオフを赤裸々に描いたギャグマンガだ。現役看護師(作者・座紀光倫先生の奥様)が語る現場の話が盛り込まれている。表紙を外すと、よりリアルな裏話が書かれていたりして「そうか〜」なんて思わず声が出る。
主人公の新人ナース・“朝日佳林”は、初めての職場で頼もしい先輩ナースたちに出会う。
特に朝日の教育係(プリセプター)・“高槻凪”の輝きっぷりといったらない。もう絵に描いたような“白衣の天使”なのだ。
たとえば入院患者の“三上さん”は、ごはんを全然食べないし、大声を出して文句を言うしで非常にやっかいな人だが?
おだてにおだてて三上さんがゴキゲンになったところで「早く治して美味しいもの食べましょ。そのためにも頑張って食べてくださいね」なんてサラッと伝えてしまう。患者さんの好みを把握して、寄り添って、真心と笑顔で接する高槻は、まさに朝日の理想のナース像だった。ところが、だ。
むき出しの本音はこんな感じ。本作は、主にこの高槻というナースのヤバさを味わうマンガだ。高槻は、容赦ない激務&薄給で身も心もヨレヨレで、もうワタシ辞めます!とたびたび宣言する。でも、内線で呼ばれれば真っ先に飛び出す。責任感の塊だ。
そうそう、ちょっと変な人かもしれないけれど、彼女は立派な看護師なのだ。患者が回復して退院するまでの仕事ぶりはプロフェッショナル。そこが紛れもない事実なだけに、高槻のすさまじい本音が際だっておもしろい。
たとえばある日の高槻は朝っぱらから職場のPCで転職サイトを眺めている。情シスや上司にバレることなんて気にしちゃいないのだ。辞めたさを隠す気がまるでない。
毎日毎日、オンとオフが急角度で降ってきて、私たち患者を励ましてくれているあの笑顔と、本音のギャップにしびれる。
早朝5時の“肛門関連”のまさかの急患に、深夜の見回りで遭遇する“幽霊よりも怖いもの”、朝日と高槻の働く病院は毎日忙しくて、毎日いろんなことが起こる。
患者から看護師へのセクハラもまた、残念ながら起こってしまうらしい。
何度も注意をしているのに一向に懲りる気配のない患者に、やがて高槻は“奥の手”を下すことになる。むちゃくちゃ強烈だった。このエピソードはSNSでも公開され大きな反響を呼んだ。しかも「こういうことは現実でも起こるんですよ」なんてコメントも1つや2つじゃなかったあたりに気が重くなる。
じゃあ、女じゃなければセクハラに遭わないのかといえば……?
全然そんなことはない。男も地獄だ。“ケアをしてくれる人”への認識をはき違えてしまう患者や、認知症の患者、そして明らかに故意でやっている人など、例を挙げるとキリがない。しんどい話も、笑っちゃうような話も、とてつもない忙しさに押し流されていく。あと高齢者がむちゃくちゃ多いところもリアルだ。こりゃ大変だなあ。
かつて病院にお世話になったことがあって、今後もお世話になるであろう側としては、ついウーンと考え込んでしまうが、定期的にカットインされる朝日と高槻のこんなやりとりに笑ってしまう。
車椅子に乗った爺さんとばかり出会える職場で働く看護師と、大手商社マンとの合コンも本作では描かれる。もちろん高槻だってノリノリで参加するが……? まさかの展開なのでお楽しみに!
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori