スポ根漫画の新たな伝説が始まる
カッケェ!
高校1年生の静華(シズカ)はバスケ少年。ポジションはSG(シューティングガード)。両手打ちだけど自分のリズムで打ちさえすれば、3ポイントシュートも外さない。でも、今どきの高校バスケはパワーと高さを前面に出したスタイルが主流。身長161.2cmの静華のプレイは、同情されるほど、ことごとくブロックされてしまう。
俺は体のデカさでバスケしてんじゃねえよ
ハートのデカさでバスケしてる
両手打ちのシューティングガードなんて、チームに迷惑をかけるし、ブロックされるし、なによりダサい……。
バスケ辞めたい
オマエの“領域”
オレが広げてやる
そこに男が飛び込んで空中でボールを掴み、そのままバスケットゴールへ……!
語りたいことが多すぎる
まず、最後のページに「The Beginning」ってエピソードタイトルが来るの、カッコいいよね。バカみたいな感想だけど、コレはすごい。第1巻の全話、ラストにエピソードタイトルが来ている。もう全話そうする気マンマンでしょ。こういう構成、アニメやドラマではたまにあるけど、漫画でやるには結構勇気がいるはず。だって連載で次号に話を「……。次号に続く」って感じで曖昧に引っ張りたいこともあると思うんだけど、この手法はそれを許してくれない。毎回ラストでテンションを上げて、次回につなげる自信がないと、これはできない。
次。百がボールを叩き込むシーン。めっちゃ、カッコいいな。バッシュをこの位置で裁ち落としにしているのとか、すごいクール。この見開きの構図の大胆さ、もう琳派じゃないすか?
さらにもひとつ前の引用シーン。吹き出しが、ラップのリリックになっている。ラップを題材にした漫画って結構あるけど、そのほとんどが韻や言葉が先行して、絵や物語、感情が追いついてこないものばかり。でも、本作のこのシーンでは見事にハマっている。よく分からない? じゃあ、コミックでこのページの次の展開を読んでほしい。このリリックに押されて静華の感情が動き、次にバスケの動作が描かれる。リリック→感情の動き→バスケのモーションという流れは、まさにヒップホップで言うところのフロウを生みだしている。
最後に百がボールを弄んでいるシーン。手の、指の動き、その表現の巧みさ。「シュッ」「とるるるるる」「バッ」という擬音が、本当に聞こえてきそうなほどに、繊細に描き分けられている。これはとんでもない力量。絵のうまい漫画家はたくさんいる。でも、その時代ごとに(それこそ1年ごとにくらいに)“今のうまい絵”というものは更新されるものだ。それは「流行り/廃(すた)り」じゃなく、その時代を決定づけるような絵のこと。江戸翔一朗という漫画家はその実力を持っているし、間違いなくそれを更新する漫画家になると思う。
あと、第2話以降に登場するチームメイトやライバルのキャラクターの素晴らしさとか、語り始めたらきりがないので、これから読む人にどうしても伝えたいことだけ。
あとがきで作者はこう書いている。
私の高校バスケはコロナとの共存でした。(中略)
人と関わりづらい時代を学生として生きた私だから描ける令和のバスケを土台に面白い漫画になればいいなと思います。
“I don't play it with my size, I just play with my heart. ”
(俺はサイズでバスケしてるんじゃない、ハートでプレイしてるんだ)
である。
作者もまた、満たされなかった情熱や悔しさを抱えたまま、今も漫画の中でバスケをプレイしている。この『ゼロとヒャク』は、そういう漫画なのだ。








