壮大で王道。一度入り込むと手が止まらない
そんな何気ない問いかけから読み始めていいのか、一瞬ためらってしまうほど、『シランド』は壮大で、圧倒的なスケールをもつ海洋冒険ファンタジーです。
ハイ・ファンタジーの世界観を丁寧に積み上げていく作品だからこそ、読み始めは情報の厚みを感じるかもしれませんが、不思議なことに、腰を据えて読み進めていくと、次のページが気になって手が止まらなくなる。
一度物語に入り込めば、王道の冒険譚としてぐいぐいと引き込まれていきます。
スマホで手軽にマンガが読める便利な時代だからこそ、本作はぜひ単行本で、じっくりと世界観に没入して読んでほしい作品です。
犬族と猫族は、敵ではない。役割を背負わされた存在だ
物語の主人公・ジャンは犬族の少年でありながら、イースではなく海で生まれ、猫のアズールに育てられ、母ローザとともに孤島で穏やかな日々を送っていました。
アズールは殺され、母ローザとも生き別れ、ジャンは無人島に遭難してしまう。
海中に眠る伝説の超大陸を探す彼は、その“鍵”がジャンにあると見抜き、仲間として迎え入れようとします。
この世界の成り立ちを知らないジャンは、猫族から向けられる剥き出しの嫌悪や殺意に戸惑いながらも、仲間として認められようと行動を起こしていきます。
注目すべきなのは、憎しみが役割として固定され、再生産され続けている世界の構造です。
どこにも属せない少年・ジャンが“物語の核”になる理由
なぜ犬と猫は対話できないのか。なぜ共存できないのか。
その問いに対する答えを、ジャンはまだ持っていません。
だからこそ、何も知らない彼の視点が、この世界を大きく揺さぶっていく。その感覚に、読者は自然と期待と希望を重ねていくはずです。
一話読むごとに、ジャンに向ける眼差しが強くなっていく――そんな物語の引力を感じます。
可愛さがあるからこそ、残酷さから目を逸らさずにいられる
彼らの生態には、それぞれの特徴が丁寧に落とし込まれており、そのことが物語に独特の奥行きを与えています。
たとえば、嬉しさを隠しきれず、思わず尻尾を振ってしまうジャンの仕草。
ですがそれは、単なる“癒し”としての可愛さではありません。
犬や猫は、人間よりも喜怒哀楽がはっきりと表に出る生き物であり、感情を理屈で覆い隠すことができない存在です。
一方で人間は、残酷な行為に対しても、正義や理屈、歴史や思想といった言葉で自分を守り、感情を隠してしまうことができる。
だからこそ、ときに残酷さを“理解したつもり”になって、切り捨ててしまえるのだと感じます。
本作があえて犬と猫の姿を借りることで、そうした逃げ道をつくらず、感情のままにぶつかる残酷さを読者に突きつけているのではないでしょうか。
重いテーマを扱いながらも、目を逸らさずに向き合えてしまう。その必然性が、この「犬と猫の物語」には確かにあると感じました。
この物語は、答えを出さない。だからこそ続きが必要だ
ですが冒頭で触れたとおり、『シランド』は壮大なスケールを持つ物語。その大きさから見れば、ジャンの冒険はまだ始まったばかりです。
簡単に答えが出る世界ではないからこそ、本作は問いを投げ続けます。
だから私は、この『シランド』という挑戦を、いま読んで、見届けてほしい。
この物語がどこへ辿り着くのか――それを最後まで描き切る姿を、読者として応援したくなる一作です。








