「知りたい!」と思うことと、「知る」こと。そのダブルの喜びを存分に味わえる偏愛マンガだ。『モジポニカ!』が愛しまくるのは「漢字」。あっちもこっちも漢字でいっぱいで、脳がイイ感じに心地よい。
「人」という字は支え合って……だと私も思っていたよ。なかなかインディペンデントな漢字だった。
そう、私はこのページにある漢字を全部読めるのに、サラッと読めすぎるから「展示場の“展”って何?」なんて考えたことがなかった。でも、きっと本当の意味があるのだ。
本作は漢字の意味を掘り下げて、その意味そのものをマンガの中に楽しく溶かし込んでいる。たとえば「嫌」と「厭」はどちらも「イヤ」と読むが、意味が微妙に異なるのだという。
右手と左手それぞれの稲がゆらゆら揺れるように、相手への気持ちも揺れる。揺れることそのものが不安定で居心地が悪くて、なんだかイヤ……! そのイヤな感じ、わかるよ! 漢字のニュアンスと、マンガの登場人物たちの心の動きがきれいにマッチしていくのが見事な作品だ。
舞台は、かつて紡績で栄えた町の刺繍屋さん。コンピューター制御の低コストな刺繍ではなく、職人さんが図案を見ながらミシンでていねいに刺繍していく「手振り」の仕事が自慢のお店だ。
そこの息子の“紡(つむぐ)”は、虎とか龍とか風神雷神のような刺繍は得意なのだが、漢字については非常にテキトーだった。
くさかんむり&画数多めの漢字なんて紡にはまったく無理! 要は漢字に関心がないのだ(ところで漢字の練習帳のような登場人物のお名前欄にグッとくる!)。
そんな彼の元に現れたのが、日本の文化が大好きな留学生・“ジーナ”。
特攻服をかわいく着こなすジーナは、任侠映画もお寿司も忍者も好きだが漢字がとにかく大好き。たしかに特攻服には漢字がよく似合うし、ベルトに「字」って書いてあるもんなあ……。
で、彼女は特攻服に漢字を刺繍してほしいのだという。ジーナが紡に見せた渾身の図案は、実際に作品を読んで確かめてほしいが、「煌びやかに!」や「命懸けろよ!!」といったかけ声のような注釈つきでとてもイイ。あと漢字そのものの意味も考慮されていて、むちゃくちゃなのだが破綻しておらず、おもしろかった。
ジーナが刺繍を依頼するにあたり提示した予算は5万ドル。日本円に換算すると770万円! 円安なご時世を差し引いてもすさまじい金額だ。なぜかといえば、ここには「文字刺繍の神様」がいるからなのだという。
確かにキレイ。爺ちゃんは休業中だが、5万ドルというあまりの大金に紡とジーナ双方の引っ込みがつかなくなり、紡が請け負うことに。で、手始めに1文字だけ縫ってみるのだが、これが予想外に大変だった。
ジーナがリクエストしたのは「旗の刺繍」だ。いわく、組に飾る立派な旗なのだという。何の組なのかはちょっとよくわからないが、旗に「族」という漢字を大きく刺繍することに決定。何の族なのかは、やはりちょっとよくわからないが、せっかく作るのならカッコいい刺繍にしたい。ノリノリで図案を考える紡。でも……?
文字刺繍の神様こと爺ちゃんは、紡の図案を見て何か思うところがある様子。でも何がダメなのかは教えてくれず、「字が可哀想だ」という感想のみ。紡には、この図案のどこがダメなのかサッパリわからない。とはいえ爺ちゃんを失望させたことだけはわかるので、つらい。
これはひとえに紡が漢字に無関心だから起きたことなのだが、興味がない人に興味がないことを教えることほど難しいことはない。
本作を手に取った人の全員が「漢字が好き好き大好き! もう寝てもさめてもずーっと漢字のことを考えてる!」というわけではないだろうし、興味の濃淡は誰にでもある。でもこのマンガがおもしろいのは、漢字の「ヤバさ」があちこちから伝わってくるところだ。興味を引くフックがたくさん仕込まれている。
「絆」ってそんな意味もあったの!? 紡の表情を見てほしい。そう、この「!?」こそ、興味の入り口なのだ。
たった1文字でも意味がたくさんあって、理由がある。だから「族」の刺繍にふさわしいデザインもきっとあるはずなのだ。本作は参考文献の多さにギョッとするが、物語そのものは、あくまで「ジーナが大好きな漢字の世界」だ。そこもまたチャーミングだと思う。
隙あらば漢字が出てきて非常に楽しい。「うっとり」って漢字で表すとこうなるのか……。ちなみにジーナの寝息は、「スピー」ではなく「睡音ー」と表現される。意味とマッチしている! うまい!
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori