少女漫画界に注目の新星が登場です。作者は、第1回オトナ女性漫画大賞で準大賞を受賞した読み切り作品『バッド・タイミング』を経て、本作にて連載デビューした眞生みち(まさきみち)。『バッド・タイミング』は、自分の本心をハッキリ伝えられない主人公の男の子が、クラスでぼっちになりかけていた女の子の、勇気を出して声をかけ周囲と打ち解けていく真っ直ぐな姿に心惹かれ、やがて思わぬ形で秘めたる想いが彼女に伝わって……という青春ストーリー。
一人は好きだが独りぼっちは嫌だ、という主人公の内なる声を拾いながら、クラスのヒエラルキー上位ではなくとも健気で機転を利かせる女の子を魅力的に描き、タイトルの通り、間の悪さと絡めて話が展開していくショートストーリーです。
すでにこの時点で、生き生きとしたキャラクターと引き込まれる物語を作る手腕を発揮した作者ですが、さらに磨きをかけて世に送り出したのが、本作『おしえて執事くん』。
主人公はこのふたり。日本有数の富豪、鳳堂財閥の令嬢である鳳堂綺香(ほうどうききょう)と、彼女に仕える執事の花柳善一朗(はなやぎぜんいちろう)。出会いは、綺香が8歳、花柳が12歳のとき。
「お前も子供だろうがバーカ」と、横柄な態度を取る綺香を一喝した新人ボーイ花柳。クソガキ……!と憤る綺香でしたが、花柳は「同じ人間だから、言わない方がかわいそう」「このままでは寂しい方になる」「そうならないよう、人と人として接するのが側仕えの役目」と、暴言にも思える発言の真意を明かします。誰も怒ってくれない、という財閥令嬢特有の孤独感を味わってきた綺香にとって、花柳ははじめて自分と対等に向き合ってくれる存在だと感じ、彼に惹かれるのです。
それから9年。17歳になった綺香と、執事・花柳の今がこちら。
主人である綺香と側仕えの花柳、という立場は変わらず。しかし「好き」がだだ洩れな女性と、好意を寄せられる男性という関係性においては、主導権は逆にあることがふたりの言葉と表情からもうかがえます。
2025年の少女漫画界を代表する胸キュンセリフ爆誕
難攻不落な花柳を「嫉妬させたい」という思惑もあり、とあるパーティーへ出席することにした綺香。ドレスアップを手伝うなど、引き留める様子もなく送り出す花柳に脈ナシと落ち込み、この恋諦めるべきか…と迷う彼女ですが、ハイレベルな男性が集うパーティーでも誰ひとり心惹かれず。しかし、たまたま話しかけてきた男性との会話が弾み、これは新たな出会いが芽吹くか!?というタイミングで、その芽を摘むかのごとく花柳が登場。半ば強引に綺香を連れて帰ります。その様子に「心配だった?」と期待して尋ねる彼女ですが、花柳は「自分の主(あるじ)ですから当然です」と仕事モード全開。思わず「どうしたら好きになってくれるの?」と問う綺香。ここからの数ページが本作第1話のクライマックス!
超大ゴマで見たいくらい、個人的2025年少女漫画屈指のキラーシーン!
綺香の想いを華麗にかわしつつ執事として粛々と仕える様は、その端整なビジュアルとも相まって実にスマート。そんな彼への一方通行な恋の矢印がいつか双方向に変わっていく、その過程を楽しむストーリーかと思いきや、もうふたり両想いじゃないですか! いつから? もしかして出会った頃からずっと? などと想像も膨らみます。付き合っていないのに「浮気すんな」とか何様、いや俺様ですね。もうたまりません。しかも、12歳のときに彼が放った「お前も子供だろうがバーカ」が9年越しの前フリとしても効いている。彼の立場がボーイだった頃から執事となった今までずっと、綺香と対等に向き合ってきたことの証でもあるのですから。
1巻の終盤では、別角度から注目したいシーンも登場。両想いであることがわかり、心がふわふわする綺香でしたが、今すぐに主従の関係性が変わるわけではありません。以前と変わらず、執事として一定の距離を保つ花柳に、浮かれ気分もどこへやら。そんな彼の余裕ある態度に業を煮やした綺香は、大胆な実力行使に出ます。
キスされた後の花柳の耳に注目! すました顔して耳を赤く染めてるじゃないですかこのピュアボーイめ! クールなふりをしても、心の動揺は隠せない。それをさりげなく描写するさじ加減も込みで、花柳というキャラクターの魅力が浮き彫りになる名シーンです(断言!)。さらに言えば、キス後の「どうだ!」という顔と、余裕の花柳に愕然とする綺香の表情の変化を同じ構図で描く構成もドラマチック。
本作はもともと、1話完結の読み切り作品として『デザート』本誌に掲載されたもの。読者から大反響があり、連載作品になったという経緯があります。読み切り時の熱を落とすことなく、心躍らせるような続編ストーリーを紡ぐスキルは見事。
ラブコメ作品は、女性向けでも男性向けでも、相手役がいかに魅力あるキャラクターとして描けているかがとても重要。ヒロインを振り回しているように見えて、実は本人もヒロインに心を乱され、そのうえ職業は恋する相手に仕える執事という花柳は、まさにラブコメにうってつけのキャラクター。恋や仕事など、ふたりの主従関係が様々な場面で入れ替わる展開に、ページをめくるたびに、こちらが心をかき乱されます。
読み切り作品『バッド・タイミング』といい本作といい、人と人の関係性や心の機微などを上手に描く作者の漫画力に惚れました。綺香と花柳のビジュもいい。2025年大注目の本作、ふたりが織り成すラブストーリーを、とびっきりの胸キュン描写に心臓をドキドキさせながら見守りたいと思います。
レビュアー
ほしのん
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009