本来、人形とはただそこにあるもの。人に愛でられ、ときに遊び道具となることはあっても、勝手に動きませんし、ましてや自分の意思で喋るなど、ありえません。
しかし、本作に登場する人形は、よく動きますし、喋ります。
本作の主人公は、望月朋子(もちづきともこ)、高校生です。ちょっとした行き違いをきっかけに、クラスのカースト上位にいる4人、学級委員長・高峰愛華(たかみねあいか)、大企業の御曹司・三好優里(みよしゆうり)、不良グループ幹部・崎口龍也(さきぐちりゅうや)、天然かつ秀才・白鳥ましろ(しらとりましろ)からいじめを受けていました。また、朋子は、人間関係での不器用さから友達がひとりもいません。
そんな朋子がマンションの近くで人形を拾ったことから、この物語は始まります。


拾われた人形の「過剰な恩返し」スタート

先ほど触れた、朋子をいじめるカースト上位4名に、運悪くこの人形の存在がバレてしまいます。人形を奪い、汚れた学校のプールへと躊躇なく投げ込んだのは、不良グループ幹部・崎口。クズですね。
またまた汚れてしまった人形を丁寧に洗い、その髪をドライヤーで乾かすなど細やかなケアを見せる朋子。彼女がいじめられ、孤立するきっかけともなったある出来事を悔やみながら、「人形になら話せるのに」「もう私の友達はあなただけだね」と人形に語りかけ、さらに言葉を続けたとき、ついにその瞬間が訪れます。



捨てられた私を拾ってくれた。汚れた私を洗い、丁寧に扱ってくれた。人形にとっては、恩人・朋子の願いを叶えてあげようと思ったのかもしれません。人形の「恩返し」という想いが、諦めの境地でぽろっとこぼれた朋子の願いを、歪なかたちで現実のものとしていく。これがすべての始まりでした。
ついに「ともだち」が、できた!?
その頃、肝心の崎口くん、実はこんな状態でした。

学校が終わって帰宅した朋子は、自宅に異変を感じます。窓に崎口のようにも見える人影があり、鍵をかけていた玄関も開いていた。極めつけは、昨夜、突如喋り出した不気味さからクローゼットにしまった人形が、なぜか朋子の部屋の本棚の上に鎮座している。その隣に視線を移すと――



血だらけの人形が崎口であるという証拠はまだありません。しかし、崎口の可能性を示す“あるもの”が「崎口人形」から見つかるなど、疑惑は深まるばかりです。
うそつきは許さない! 完璧な「ともだち」像を強制する人形の悪夢が始まる
人間関係を円滑にする、建前としての友情、そして隠れる本音。この人形は、友達だと言いながら、裏で露見する矛盾した言動を察知して迅速に行動します。本作の登場人物たちは、友達アピールをしながら、陰では「めんどくさ」とつぶやいたとき、あるいは言動不一致によって「うそつき」と認定されたとき、人形のターゲットになってしまうのです。そんなキャラクターたちに(うわ、嫌な奴、そりゃ人形に狙われるよ)などと思いつつも、一方で自分も友達の振る舞いに(めんどくさ)って思うこともあるよなと我に返る。
現実にこの人形がいたら、自分もターゲットにされるかもしれない。友達同士、喧嘩もすれば約束を破ってしまうこともある。しかし、友情を神格化するかのごとく、この人形は一切の逸脱を許しません。
「本当のともだち」とは一体なんなのか。人を人形化することや殺害行為に対する怖さももちろんありますが、その手前にある、人形による友情行為のゴリ押しとシビアな監視もまた、ある種の恐怖をかき立ててきます。
一縷の望みは、人間関係に不器用で愚直すぎて疎まれてしまう朋子に対し、この友情強制下ゆえ、「めんどくさ」を封印して付き合う人たちに、彼女の良さが伝わる可能性が垣間見えること。
人形が次に選ぶターゲットは誰なのか。その暴走はいつか止まるのか。そして朋子は「ともだち」ではない、真の友人と出会うことができるのか。この友情サバイバルレースを、怖さに負けずゴールまで見届けたいと思います。