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2025.08.16

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「私、ほめられると大きくなっちゃうんですっ!!」八尺様をほめまくる人間×妖怪のぴゅあラブコメ

八尺様は困っている

やちるさんは「八尺様」だ。
補足しよう。2008年、匿名掲示板「2ちゃんねる」のオカルト板のスレッド「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」に投稿された怪談で、八尺様は初めて登場した。だから八尺様は “若い”妖怪と言っていい。八尺の背丈という圧倒的な存在感。「ぽぽぽ」という意味不明の声。結末の不気味さ。初出の怪談話に出てくる八尺様は、非常に恐ろしい。しかし「気に入った子供をどこかに連れ去ってしまう」という一点において、ネット上でイメージが改変され、現在では「なんかやたらでかくてエロい妖怪」という位置づけになってしまった。

やちるさんは、それが悲しい。

妖怪は人間の抱くイメージに影響を受ける。人間にとって怖い存在であれば、強い存在感を示せるが、「なんかやたらでかくてエロい妖怪」では八尺様の力も弱体化する。かつては240センチあった身長も、現在は190センチ。2008年の登場からわずか17年の間に、数多の絵師さんにより、イメージは変わってしまった(投稿サイト「pixiv」で“八尺様”を検索してみよう!)。妖怪にとって、ネットの影響力が強い現代は生きづらい。

そこで、やちるさんも頑張ってみた。

でも、動画配信で八尺様の怖さを発信してみれば、エッチな目で見る視聴者ばかりが集まり、お化け屋敷で働けば、来場者から「怖がりたくて来たんだけど…」と言われてしまう。そして「怖い妖怪とはなんたるか」を学ぶため、劇場で怖い映画を見て勉強しようとして、あまりの怖さに気分を悪くしてしまったやちるさん。そこで声をかけてきたのが、名桐誠一郎という青年。なんと彼はホラー好きで、ガチの八尺様ファンだったのだ。
そして八尺様の良さを語りまくる!
まずシンプルにでかいのが
いいですよね対峙
(たいじ)した瞬間
本能的に勝てないって
(さっ)してしまう圧倒的な強さというか
あと絶対逃げられないって
お約束だけどその王道がたまらない
です祖父母の実家に帰るの
俺一時緊張してましたもん
あとはビジュも秀逸なんですよねー
怖いのにどこか上品でそこがま……​​
俺にとっては怪談界のマドンナみたいなもんなのに
いや女王…?
女神と言っても過言
(かごん)ではないです!
あらゆる妖怪の中でもかなり好きな存在です
女性の妖怪の中では一番好きですね!
誠一郎が八尺様をほめたことで、やちるさんは一時的に力を取り戻した(=大きくなった)のだ。彼女は、自分が八尺様であることを明かし、自分が大きくなった理由を解明してほしいと頼む。自分をエッチな目で見ない誠一郎にしか、そんな依頼はできない。彼は、その依頼を受けるのだが……。
好きなのに、やちるさんのことをエッチな目で見てはいけない!
こ、これは……、めっちゃラブコメじゃーん。

自己肯定感と好みのタイプ

かくして「やちるさんはほめられるとのびるのか?」という検証が始まる。検証は人目につかないほうがいいと、選んだ漫画喫茶では、
こんな始末に。
もっと広い場所が必要だと、誠一郎の友人で、売れっ子エロ漫画家の浅葱を巻き込んで、広いタワマンの部屋で検証を試みるのだが……。浅葱が、やちるさんの料理の腕前をほめて
速攻でバレるし。
そんなトラブルもありながら(こういうラブコメのトラブルエピソードって、本当に楽しい!)、ふたりの関係は付かず離れずキープされるのだが、あるとき、変化を迎える。その変化のきっかけは、誠一郎が風邪をひいたこと!
キター!
風邪のときに、少々おせっかいな女性が押しかけて、お粥作って、フーフーしてア~ンな展開から、「自分で食べられます!」ってなって、少し男性が子供っぽく見えてしまう、あの王道パターン!(大好き。快感すら覚える)
し、しかし、ここで浮かれて八尺様の設定を忘れてはいけない。

「気に入った子供をどこかに連れ去ってしまう」

やちるさんは、子供を連れ去ることについては否定しているのだが、「気に入った子供」→「子供っぽい男性が好き」くらいの設定の余地はあるらしく、そこにスッポリ風邪っぴきの(子供っぽい)誠一郎がハマってしまう。

「誠一郎さんをえっちな目で見てる…!?」

やちるさんは、勝手にエッチなイメージを持たれて弱体化したのに、その自分がエッチな目で誠一郎を見ている。これは自己欺瞞か? いや、八尺様としては理屈が通っているのか? すげー面倒くさい状況になってる~。

やちるさんは妖怪だけど、自己肯定感の低い女性でもある。「胸が大きい(=エロい)」とか「肌の露出が多い(=エロい)」とか、記号的な視線に萎縮する女性そのものだ。そこに「あなたの魅力はそこじゃない」と肯定してくれる存在が表れたら? でも、その相手が実は見た目にも惹かれていたら? ちょいエッチな部分もあるけれど、この漫画がとてもキュートで心地よいラブコメになっているのは、そういう繊細なところを丁寧に描いているからだ。

こういう突飛な切り口で、いいテーマのお話、実写ドラマで見たいなぁ。名脚本家・岡田惠和が「南くんの恋人」や「イグアナの娘」を書いていたときみたいな、あの感じで見たい。売れろ~! 全力プッシュです!

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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