『篝家の8兄弟』は、好きなものが全部入った贅沢なクッキー缶のようなマンガです。次々と出てくる味を楽しんでいると、突然ビターな謎クッキーが登場することも。飽きるヒマのない、欲張りな楽しさがあります。舞台は、光と闇、謎が渦巻く「バケモノ屋敷」。人と“人外”の騒がしい日々が始まります。
“當間絃”は、山の上のお屋敷の使用人になりました。
日本家屋にクラシックなメイド服、可愛くて前向きな主人公。もうこのページだけでも「好き」が渋滞気味です。
このお屋敷は「全国人外万事相談室(全人相)」。「使用人が次々逃げ出すバケモノ屋敷(ただし高収入)」と噂されるとおり、ひんぱんに“バケモノ”たちが訪れます。それに対応するのは“篝家”の兄弟たちです。
ヤンキー風の“桃吾”お兄ちゃんに、年下なのにクレバーな雰囲気の“禄汰”。個性の豊かさもたまりません。
さて、このバリキャリ風の女の人もこう見えてバケモノなんです。意外でしょ?
見た目は人間そのものだけど、人に化けた人外=バケモノたちが人間社会で生きていくにはさまざまな苦労や悩みがあります。ここは、そんな彼らの最後の砦ともいえる相談所なのです。
人外たちの大変さ、絃にはどこか共感できるものがありそう。
頼れる人がいないうえに運悪く仕事を失った絃は、「お給料がいいらしい」との噂につられてこのお屋敷にたどり着きました。「全人相」は人手不足。明るく、順応性が高く、意外に押しが強い絃を、篝家の兄弟たちはすんなりと受け入れるのでした。
人外たちのお悩みは、意外にも人間のそれとよく似ています。疲れ切った心に、温かいごはんが効く、なんてことも同じです。
全人相を営む篝家の兄弟たちもまた人に化けた人外なのですが、人間社会についてそれぞれに専門スキルがあり、各専門分野の案件を担当しているそう。皆それぞれにカッコいい。しかし「メイド服のかわいいヒロインがシゴデキ人外のお兄さんたちに囲まれ奮闘する癒し系の物語」と思いきや、「人手不足」の言葉どおり、篝家の兄弟たちは人使いの荒さを発揮します。
絃もさっそく、人間に恋した大蛇の相談に乗ることに。
種別を超えた恋を叶えようと奮闘する絃と、そんな恋を「しなくていい苦労」と一蹴する桃吾くん。
「人と人外は分かり合えない」というスタンスなのかな?と思いきや、倒れていた絃を屋敷まで運んできたのは桃吾くんです。「絃にマンツーマンで勉強を見てもらえ」と“理仁”おにいちゃんにからかわれればこんな思春期全開の反応を見せたりもして、なかなか複雑な思いを抱えていそうなところが気になります。
大蛇の恋には反対しつつ、生きづらさゆえ関わってはいけない人たちのもとで生きてきた彼をこっそりサポートしている様子を微笑ましく思っていると、絃には見せないこんな顔が出てきたり。
「お二人は分かり合えたんです!」と喜ぶ絃に桃吾くんが向けた、何とも言えない表情には胸をグッとつかまれるとともに、彼に対する「わからなさ」もまた深まるのでした。
『盤上のオリオン』の新川直司先生によれば、この作品は「好きなもの全部詰め込みました感満載の大智そらのベスト盤」。
その言葉のとおり、描きたいことが今にも溢れ出しそうな、私たちにはまだ明かされていない設定もたくさんありそうな予感がします。登場人物のふとした表情やセリフ、なにげない1コマに、様々な伏線が隠れていそうで、この先の物語の先を読ませてくれない楽しさがあります。
「とはいえ、こんな感じで人外たちの相談をほのぼのタッチで解決していくのかな?」という予想を大きく裏切るのが第3話。
「つよつよの美女登場! こういうの大好き!」とはしゃいでいたら、それまでのほのぼのとした日常から一転、冷たい手で背中を撫でられたような驚きを感じることになりました。あれ? 私、違うマンガ読んでる……??
第1巻時点でこの振り幅。読み返すごとに、違う味がするマンガです。先に進めば「あのときのアレはこういう意味だったのか!」と膝を打つ瞬間が来るのでしょう。それがとても楽しみです。
レビュアー
中野亜希
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
X(旧twitter):@752019