読んだあとのなんともいえない幸福感を、たんぽぽの綿毛のようにして世界にばらまきたい……! 「good!アフタヌーン」で連載中の『僕だけが知ってるんだぜ』は、最初から最後まで繊細でかわいらしいマンガです。各話が終わるたびにジーンとする。
なにより、私にはすごく「今のマンガ」に思えて、そのモダンさが好きです。2025年の気分を優しくすくいあげてくれている気がしてならない。
みんなの前でクールに振る舞う“小裏さん”には、主人公の“和玖”にだけ見せる表情があります。
このシワシワの口元を見よ。あと独特な笑い声! そう、小裏さんは笑うのが下手クソ。なぜならみんなの前でクールに振る舞うあまり、あまり笑ったことがないから。
どうして小裏さんはクールなのでしょう。
小裏さんの“お姉ちゃん”は売れてるモデルで、配信もSNSも大人気で使用コスメも着る服も注目の的。盛りたい女子の必須アイテム・カラコンの広告塔になって駅に巨大なポスターが貼り出されたり、そのポスターをファンが撮影しにきたり。細くてかわいくて「同じ人間とは思えない」なんて言われて、みんなからの憧れを浴びまくる存在。で、その“お姉ちゃん”の仕事を応援するために、みんなの期待に応えるために、小裏さんもクールなふりをしていたのです。
街を歩けばどこもかしこも「みんな」だらけ。しかもみんなの片手には常にスマホが握られています。そんなみんなの期待に応えるために自分をむりやり作り込んでいく大変さは、私には今っぽく思えます。
そんな小裏さんと和玖は知り合ったばかり。和玖は、小裏さんについて知らないことの方が多いし、なんなら“お姉ちゃん”のことも知らないけれど、でもわかるんです。
私も、この笑顔を見ちゃったら「よかったら、また見せて……!」って思っちゃうよ。
全方向にとっちらかる噂話のテキトーさがかわいい。そして転校初日に力みまくる和玖。初動が大事、失敗したくない、生まれ変わりたい……そう、和玖は新しい高校で生まれ変わりたかったようです。で、力みまくって豪快に自爆。絶望!
そんないたたまれない転校初日に出会った小裏さんは、「無」みたいな子でした。
クラスのみんなはクールな小裏さんに、小裏さんの“お姉ちゃん”の話をします。あのモデルのお姉ちゃんと小裏さんはやっぱり似ているね、姉妹でどんな話をしているんだろう……って。
やがてひょんなことから、和玖は小裏さんの意外な面を知るように。
小裏さんも転校してきたばかりで、友達が全然作れず一人ぼっち。“お姉ちゃん”の話はたくさん振られるけど、小裏さん本人のことは誰もよくわかっていませんでした。
和玖と小裏さんは、たくさんの自己紹介をしたわけでも、共通の趣味があったわけでもないけれど、通じるものがあったようです。和玖は小裏さんの友達一号となります。それはつまり、和玖の友達一号でもあって……。
自分をよく見せたい、かっこつけたい、人気者になりたい、嫌われたくない、そんな「自分のため」には頑張れなかった和玖は、それよりもうんと強い感情で、新しい環境に踏み出していきます。アツい。
そしたらクラスのみんなも好反応。そう、和玖の転校先は、絶望だらけの修羅学園とかじゃないんです。むしろ独特の優しさと慎重さがあります。
ピアスごりごりの子、デリカシーがあるのかないのか謎な子、成績はいいけれど日本語の語彙が乏しい子。少し訳ありの人が多い高校で、小裏さんにはどんな訳が?
それはそれとして、和玖は、小裏さんが自分だけに向ける笑顔に射抜かれながら友達づきあいを重ねていきます。友達づきあいをするということは、噂やイメージなんか重要ではなく、心の奥にある秘密だって実は最重要ではなく、目の前にいるその人をただ大切にして、向き合って、一緒に笑うこと。小裏さんだって和玖の転校の理由を知りません。でもふたりは友達なんです。それがとてもいとしい。
かわいいなあ。そして和玖のまなざしも大好きになるマンガです。頑張れ!
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori