本書は『機動戦士ガンダム』の作中に登場する敵方勢力、ジオン公国の、モビルスーツ開発史を分析し、「その失敗点」を探るものである。そのため本書では、ガンダムの舞台となる「宇宙世紀」をリアルの歴史ととらえ、後代の歴史家による記述として描くという手法をとっている。
「虚構を現実の論理で分析し、そこから現実に役立つ知恵を引き出す。そして虚構自体もより深く楽しむ」という企画は、かつての『ウルトラマン研究序説』など、数多い。しかし本書は、そうした企画の中でも最良の一冊であると、私は感じる。
なにが優れているのか。
本書が扱うテーマは、「モビルスーツの開発」というエンジニアリングの分野である。しかし最終的な製品、この場合はモビルスーツを評価するにあたって、ただその機体性能のみを単独で評価してもあまり意味はない。
製品には、目的がある。その目的をいかに満たしたか。そしてその目的がそもそも正しかったのか、という見地から評価されなければいけない。
つまり兵器であるモビルスーツを評価する場合は、まずジオン軍の戦略と政略を、きちんと把握しておかなければならないということになる。
たとえば、戦車兵であった司馬遼太郎氏がしばしば言及していたが、先の大戦の当時、日本軍の戦車は機械としてはとても精緻だった。だが実際に戦地での運用となると、「分厚い装甲にでかい大砲を積んだだけ」のソ連の戦車には歯が立たなかったという。
本書の場合、ザクをはじめ、ズゴック、ドム、そしてフラッグシップ機であるジオングなど、機械単体としては魅力にあふれファンも多いジオン軍のモビルスーツたちを、当時のジオン軍の政戦略のレベルから分析する。その把握と分析は見事というほかはない。「ビグ・ザムが量産の暁には、本当にジオンは勝てたのか」などの本書の各章は、『機動戦士ガンダム』のファンならばぜひ一度は読んでみるべきだとお勧めする。
ちなみに本書は「アフタヌーン新書」という、漫画編集部が企画した新書シリーズの一冊。実は筆者もこのアフタヌーン新書から一冊上梓させていただいたのだが、記録的に売れなかったという。そのことがこのユニークな新書シリーズを短命に終わらせた一因ではないかと不安に思っている。
レビュアー
1969年、大阪府生まれ。作家。著書に『萌え萌えジャパン』『人とロボットの秘密』『スゴい雑誌』『僕とツンデレとハイデガー』『オッサンフォー』など。「作家が自分たちで作る電子書籍」『AiR』の編集人。現在「ITmediaニュース」「講談社BOX-AiR」でコラムを、一迅社「Comic Rex」で漫画原作(早茅野うるて名義/『リア充なんか怖くない』漫画・六堂秀哉)を連載中(近日単行本刊行)