将棋少年、テニスの戦略性の高さにハマり世界を目指す
主人公は「名人の孫」として育てられた将棋少年・都成歩(となりあゆむ)。彼は運動不足解消の目的で参加したテニスで、その詰将棋のような戦略性の高さにハマる。結果、祖父亡き後には(生前の祖父からの進言もあり)テニスに没頭していくことになる。
しかし、当初は「将棋少年のお遊び」と思われ、テニス部で邪魔者扱いされて、壁打ちばかりさせられてしまう。それでも歩は壁打ちをしながら、映像で観た一流プロたちのプレーを、その戦略を読み解きながら再現。将棋でいう「棋譜並べ」に近しい練習を行うことで、人知れず実力を上げていた。
そんな歩の実力を見出したのは、今は名門スクールETCで指導者を務める、元世界ランカーの東堂蓮コーチ。東堂は歩の所属するテニス部を見学する中で、歩と部のNo.1プレイヤー・高見とのゲームをマッチメイク。歩のプレーからその戦略性の高さを見抜き、的確なアドバイスで勝利に導く。そのうえで歩を、ETCの入団試験に招待する。
半年後に行われる入団試験に向けて、弱点であるフィジカルの弱さを克服すべく、驚くほどの猛特訓をこなす歩。良きライバルかつ練習相手となった高見が「もう十分だろ!」と語り掛けると、歩は答える。
「入団試験に受かってもその先……
プロの壁… さらに世界の壁…
何度弾(はじ)かれるか分からない
頂点を目指すには
その絶望にどう備えるかだから…」
幾度となく壁に弾かれ、そのたびに絶望に立ち向かって頂上からの景色を掴(つか)んだ祖父の姿を見ていた歩の覚悟は、周囲の想像よりも遥か高みを見据えていた。
本作は、将棋名人を祖父に持つ少年・都成歩が将来有望だった将棋と決別し、テニスの世界でその類稀なる「思考力・戦略性」をライバルたちと共に磨き上げ、世界へと羽ばたいていく物語である。
頭脳スポーツとしてのテニスの魅力を突き詰めてほしい
本作を初めて読んだとき、日本の野球を圧倒的に進化させた偉人・野村克也氏を思い出した。
かつてある週刊誌のインタビューで野村氏は「常々私は、日本における野球の基本は『将棋』にあると考えている」(引用:週刊ポスト2012年11月9日号)と語っていた。
実際、野村氏が「いかに打者を打ち取るか」について、まさに詰将棋のごとく語っているシーンも見たことがある。フィジカルモンスターが集合しているプロ野球の世界でも、かなりハイレベルな頭脳戦が展開されているんだな、と衝撃を受けた記憶がある。
歩はETCの入団試験で、相手の思考やプレイスタイルをすべて読み解こうとする悪いクセが出ることで苦戦する。しかし、「読み切れない中でも今打てる最善手を」という祖父の言葉を思い出してプレイスタイルを変更。ギリギリで相手に勝利し、入団を勝ち取る。
その後、あくまでもテスト生のような扱いだけに、入団後のクラス分けでは当然、最低のCチームに配属される。それでも歩はその瞬間、自らが今、Cチームであることはしっかり受け入れたうえで「どうすればAチームに上がれるのか」を指導者に問い、「不躾すぎる」と周囲をドン引きさせる。
常に笑顔で努力家。素直だし人あたりもいい。それでいて常に頂点を目指す意識は持ち続け、時に不遜に見えて周囲と軋轢を生みつつも、頂点までの最短距離を模索し続ける。
タイトルの「ラブフォーティ(0ー40)」は、テニスにおける敗北の一歩手前、まさに「逆境」を表す言葉である。歩の持つ特殊能力「思考し続ける力」は、その逆境においてこそ輝きを見せる。
しかし、歩が持っているもっとも大きな武器は、その圧倒的な思考力や戦略性の高さではないのかもしれない。幼いころから祖父の戦いを観続けてきたことで、頂点を目指すことの厳しさと絶望を知っていること。さらに、そのうえで祖父の見てきた「頂点からの景色」を自分も見たい、という「頂点に対する圧倒的な渇望」を自然と備えていることではないだろうか。
かつ『週刊少年マガジン』で連載され、アニメ化もされた『ベイビーステップ』もおもしろかった。こちらは几帳面で真面目な優等生がテニスの面白さに魅了され、極めてロジカルな戦略を身につけて、ワールドツアーに参戦するところまで描かれた作品だった。
同様に、テニスの持つ魅力の中でも「高く深い戦略性」にスポットを当てている本作が、この先、どこまでその高さ、深さに踏み込んでくれるか。楽しみに次巻を待ちたいと思う。
レビュアー
編集者/ライター。1975年生まれ。一橋大学法学部卒。某損害保険会社勤務を経て、フリーランス・ライターとして独立。ビジネス書、実用書から野球関連の単行本、マンガ・映画の公式ガイドなどを中心に編集・執筆。著書に『中間管理録トネガワの悪魔的人生相談』、『マンガでわかるビジネス統計超入門』(講談社刊)。