夢に敗れて、再び動き出す物語
新川直司先生が描くキャラクターの目が好きだ。女子サッカーを描いた漫画『さよなら私のクラマー』の主人公のまっすぐな視線。クセのある脇のキャラクターたちの目もよかった。そんな視線が交錯し、アイコンタクトで試合が展開する言葉不要の世界。そして「動」の一瞬を切り取ったコマのカッコよさたるや……。
そんな著者が新たに選んだ題材は、なんと「将棋」!
「動」のない対決。
交差しない視線。
主人公の名前は二宮夕飛。15歳。将棋の奨励会員で、2週間前に故郷から上京したばかり。17連敗目を14歳の天才棋士・久慈彼方から喫した日、彼は兄弟子に誘われて一軒のバーを訪れる。そこにもう一人の主人公がいる。
彼女の名は茅森月。真剣師(お金をかけて将棋を指す人)気取りの彼女の実力は本物で、鋭い指し筋で夕飛を追い詰める。そして、わずか84手で投了。18連敗……。その夜、夕飛はプロ棋士になることを諦める。
将棋の道において遥か「彼方」を行く久慈彼方に負けた日、二宮夕飛(夕日)は茅森月(月)と出会って絶望の夜を迎える……って、もう無茶苦茶よくできてんな!
夢に敗れても朝は来る。そして人生は続く。
そして夕飛の止まった時間が、高校入学の日に再び動き出す。
茅森月との再会。彼女は生徒会副会長を務め、成績優秀、眉目秀麗な学校のクィーンとして振る舞っていたのだ! 生来のSっ気を発揮し、夕飛を生徒会に引きずり込み、常連客相手の対局要員としてバーのバイトを押し付ける彼女。
こ、これは怒涛のラブコメ展開?
物語が動き出すかと思いきや、夕飛は将棋への未練を引きずり続ける……。
神に選ばれし者と、自ら選びし者
将棋の奨励会は天才の吹き溜まりだ。日本各地で「将棋の天才」と謳われた若者が奨励会に集まり、盤上で勝負を重ね、多くの者はプロ棋士になる夢を諦めていく。将棋の神様に選ばれし者と、選ばれなかった者がいる世界。しかし、本当にそうなのか?
プロ棋士とは、将棋の神様に選ばれた者のみなれるもの。そう考えるのは、そうであった方が救われるから、諦めがつくからだ。藤井聡太のような(それこそ人智を超えた)才能を持った棋士を前にして、それでも将棋を指すという選択は、険しく暗い道を進むことにほかならない。
羽生善治は自著『決断力』(角川新書)で書いている。
「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続するのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている」
選ぶのは自分自身。夕飛は、きっと選択するのだろう。険しく暗い道を。
ここから夕飛は、生徒会やバイト先のバーで、ことあるごとに月に張り合おうとする。二人とも、「超」の付く負けず嫌い。将棋に関しては直接対戦せず、夕飛はバーの常連客三人に月の弱点を突く指導対局を行い、腕を磨かせ、間接的に月をやり込めてしまおうとする。
月の棋譜を徹底的に読み込み、月を理解し始める夕飛。
常連客の指し手から夕飛の性格を読み取る月。
直接には二人の視線は交わらない。しかし将棋という勝負、盤上の駒を通して視線は交差し、強く絡み合っていく。新川直司先生の漫画は、ここでも視線で物語っていくのだ。くーっ!
そうやって、将棋の楽しさをあらためて知った夕飛は、第1巻の最後で月に問いかける。
現在、女流棋士はいても、女性のプロ棋士はいない。プロ棋士になるには男女関係なく奨励会に入り、四段にならなければならず、その壁を乗り越えた女性はいない。夕飛がプロ棋士になるよりも、険しく暗い道を月もまた行くのか?
タイトルのオリオンとは、きっとオリオン座のことだ。
その星座のなかでも強く輝く三つ星、ミンタカ、アルニラム、アルニタクは、夕飛、月、彼方なのではないか? しかし、この三つ星は2等星だ。彼方はオリオン座の1等星のペテルギウスかもしれない。じゃあ、もうひとつの1等星リゲルは誰だ?
もう、次の展開が楽しみで「週刊少年マガジン」のチェックをする毎週水曜日なのである。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。