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2024.03.22

レビュー

得たものは1000億円の奴隷。金、女、ステータス…すべてを失った男の下克上物語

人間の価値というのは実に曖昧。だから人は、わかりやすいように数字に基づく価値基準を用意して、値踏みします。各種ランキングの順位、所有する土地の値段、住んでいる部屋の家賃、年収など。

昭和の終わりから平成初期にかけてはやし立てられた、「三高」も高学歴(偏差値)、高収入、高身長と、まさに数字による評価。今の時代ならそれこそハラスメントやルッキズム批判も飛び出しそうな価値基準ですが、『ビリオンダラー・スレイブ』はこの世界線と地続きだと言えます。

“アセット”という人材評価システムによる、人の持つ潜在的価値を算出した「人間価格(ヒューマンプライス)」という指標が重宝されている社会。本作の主人公・銀条真(ぎんじょうしん)は、いわば勝ち組です。

銀条の「人間価格」はなんと8億円。
・住んでいるデザイナーズマンションの賃料60万円
・入会しているフィットネスクラブは入会金100万円、年会費30万円
・手にしている腕時計は350万円
・着用中のフルオーダースーツは50万円
・勤務先は業界1位の外資系コンサル
・年収は2000万円

これでもか、と豪華な数字並ぶ男。

表情や視線の動きなどから人の思考や感情を読み取る特技を駆使した仕事術で、クライアントからも高評価。


相手の本音が透けて見えるという意味では、少し生きづらい人生なのかもしれませんが、上昇志向の強い銀条にとっては些末的なこと。人気急上昇中で「人間価格」5億2000万円の新人女子アナとも交際しており、人生の春を謳歌中。

そんな銀条のもとに突如現れた、ある存在が彼の人生を一変させます。

そのセリフ、もしやキミは執事?と勘違いするかもしれませんが、首にセットされた首輪が物語る、その正体は――

奴隷。現代日本においてはそういうプレイをたしなむ人がいるかも、くらいの位置づけであり、理解が追いつかない銀条。見知らぬその奴隷はそのまま銀条の部屋に勝手にとどまり、完璧な朝食まで用意。その表情からは感情が読み取れず、銀条も戸惑います。

そんな奴隷男に「人間価格」を問うと、1000億円との答えが。信じられない銀条に、奴隷男が見せた“アセット”の画面には……!

奴隷の名は、玻璃(はり)。“アセット”の「人間価格」は1000億円。8億の男としての自尊心を削られた銀条は「奴隷は主のどんな命令にも従う」という玻璃の言葉につい反応。床に落ちた朝食を指してこんな命令を下してしまいます。

感情に任せて心にもないことを言ってしまった銀条は、理不尽な命令にも従順な玻璃を止め、自己嫌悪します。金、女、出世欲と、ギラギラしていて、私とは住む世界が違うなあと思いながら読み進めていましたが、このシーンで初めて(銀条、悪い奴じゃなさそう)と、とちょっと安心する自分がいました。

こうした銀条と玻璃の出会いを経て、物語は次のフェーズへ。玻璃を部屋から追い出した銀条ですが、勤務先から突然解雇され、なぜかクレジットカードまで使えなくなってしまいます。玻璃が現れてから人生激変急降下。挙句の果てには、自室に謎の襲撃者まで登場。



そんな主人のピンチに駆けつけるのはもちろん、この人。






隙のない身のこなしで敵の襲撃を交わす玻璃。その後、銀条は玻璃の指示に従ってマンションの屋上へと逃げ込みますが、不注意で転落してしまいます。ああ銀条、万事休す――。

襲撃者による部屋の爆破炎上をバックに、落下する銀条を空中でキャッチする玻璃。ハリウッドかNetflixかというド派手なアクションシーンは、見開きにマッチした1巻のクライマックス。

本作を読み始めてすぐ、野心メラメラの男と奴隷男、ふたりの美青年によるBLストーリーが紡がれるのかと思いきや、サスペンスにアクションも加わって、バディモノの様相を呈してきました。

一方で、ふたりが“主人と奴隷”という関係で成り立っているのが本作の大きなポイントだと思います。

銀条の言うことには素直に従う玻璃。この設定が今後も活かされていくに違いありません。

また、謎だらけの玻璃も気になるところ。その出自や経歴、どうして奴隷になったのか、という本筋的な部分はもちろんですが、たとえば追手に対して銃撃で対抗するこのシーン。

あ、玻璃って左利きなんだ、という気づき。(この後手りゅう弾を投げますが、ちゃんと左手に握っていました)
何気ない描写にも玻璃のキャラクターを彩る要素が散りばめられているようで、一つひとつのコマを見るのもなんだか楽しいです。

成功への道を駆け上がっていたはずが、金も家も地位も彼女も失い、残されたのは1000億円の価値がある奴隷ひとり。ここからふたりがどうやって人生を逆転していくのか。そもそも現代社会における奴隷の存在とは。そして主人と奴隷の関係性はこれから先、どうなるのか。

1000億円男・玻璃のポテンシャル含めて、あちこちに溢れる秘密が明かされていくのをドキドキしながら楽しみたい作品です。

レビュアー

ほしのん イメージ
ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
X(旧twitter):@hoshino2009

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