俺 この人が好きだ
恋の姿があらわになる瞬間を、絵と言葉とページをめくる自分の息づかいとで目の当たりにできるのが、マンガのよいところだと思う。
『恋をしたのに世界は滅びる気配もない』の主人公・“天城澪(あまぎみお)”が自分の恋を悟ったとき、たしかに世界は滅びる気配もなかった。でも彼の空はひっくり返らんばかりに輝いたし、全てがはじけ飛びそうではあった。
彼が恋した相手は、夫を3年前に亡くした女性。本作は彼女が「温かな灰色」から別の色へと変わる物語でもある。
こんな鮮やかな目を見ちゃったら、そりゃ恋に落ちるだろう。
この本をみつけるお手伝いをして頂けませんか
澪は“ななほし町立図書館”で働くキャリア2年目の司書。
所蔵本をカバーで包んで保護するのも司書の役目。澪の仕事ぶりはとても丁寧で、本を大切に守ってくれているんだなあと伝わる(あと、ななほし町立図書館の内装がステキ。ライトや窓枠がとても美しい)。
人と目を合わせることも難しいくらい内気な澪にとって、いろんな利用者が訪れる図書館での仕事は大変なことも多いけれど、並々ならぬ覚悟で司書になった。なぜなら本には子どもの頃からの「恩」があるから。本が自分の心を守ってくれたから、今度は自分が本を守る番……というわけです。
そして、やがて彼が恋するその人が、図書館に現れる。
どんな人とも目をしっかり合わせるタイプの華やかな人。“桃園しあ(ももぞのしあ)”さんといいます。
桃園さんは本を探しているようだけど、奇妙な探し方。声をかけようかな……と澪が迷っていたら桃園さんの方からアクションが! 目をしっかり合わせるタイプの人は強い。
謎解きゲームのようなヒントを頼りに本を探しているのだそう。「しあちゃんへ(ハートマーク)」と書かれたこのメモは、3年前に急逝した彼女の夫が遺したもの。
この3年で桃園さんの生活がどんなふうに変わったかが察せられる。お菓子がいくつあっても足りないくらい、二人でおしゃべりをしていたんだね。
図書館にはいろんな人が訪れる。本が澪の幼い心を守ったように、桃園さんにとっても、その本はどうしても必要なのだろう。
澪と私は、この先何度も桃園さんのこの大きな目に吸い込まれる。こうして、「さすが司書!」と唸っちゃうような感動モノかつプロフェッショナルな大捜索が始まり、ついに……!
薬指の結婚指輪と、まんまるの涙と、桃園さんが抱きしめる本が愛しい。
本を読む人と、書く人
この出来事がきっかけで、二人はお互いのことを知っていく。澪が司書になった理由、桃園さんが食いしん坊なところ(おはぎを作ってくるのだから、食いしん坊にちがいない)。そして桃園さんのかつての仕事のこと。彼女は小説家だった。
ペンネームと、過去に一冊だけ出版した小説の名前を零に教えてくれる。なまめかしい。
もちろん澪はその日すぐに本屋さんで桃園さんの小説を買って読むが……?
澪が想像もしない小説だった。まさかのジャンル。でも大事なのはそこじゃない。桃園さんの書いた小説は澪にとって忘れられないものとなるのだ。
そして桃園さんにとって澪が語ってくれる感想は新鮮で大切なもの。本を書く人とそれを読む人のデリケートな関係に胸が騒ぐ。
ちなみに澪が桃園さんの小説を求めた“空岡書店”は、澪の幼なじみ“笑凜(えみり)”の両親が営むお店。澪と桃園さんの出会いは笑凜にも小さからぬ変化を起こす。
笑凜の言動や心の動きが私はとっても好きだよ! いろいろだだ漏れ!
そう、行間にたっぷりと空気を含んだマンガなのだ。それはいろんな温度と湿度の空気なので、読んでるこちらの胸は小さく揺れ続ける。
桃園さんと澪の関係は一見すると微笑ましくてあたたかいのに、桃園さんの薬指の指輪や、小さなかかと、そして美しいまとめ髪に包まれた頭の内側が、ほんの少しだけ気になる。「温かい灰色」から極彩に変わった桃園さんの世界と、それに触れる澪のことが、1%だけ心配になるのだ。だからとてもおもしろい。
1%だけ心配になるけれど、それでも彼らが大切にする本は健気で尊くて、本を好きな澪の気持ちが灯りのようで、そこに私はとても安心する。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori