『バーフバリ』二部作(2015―2017年)、『RRR』(2022年)の大ヒットにより、日本に再びインド映画旋風が到来している。かつて『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995年)が巻き起こしたブームよりも、さらに巨大かつ息の長い人気の持続が期待できそうだ。そんなタイミングで漫画界にも、古代インドを舞台にしたアクション史劇エンタテインメントが登場した。それが本作『ラージャ』である。ちなみにラージャとはサンスクリット語で「王」の意をもつ。
舞台は紀元前4世紀のインド、群雄割拠の「十六大国時代」。マガダ国の王族専属教師をつとめる主人公カウティリヤは、王の証といわれる“二色の眼”をもって生まれ、途方もない野望と決意を秘めた男。彼は親友でもあるパバタ王子、その父であるアグラメス国王の眼前で、いつか自らが全インド諸国を統べる“唯一王”となり彼らを打倒することを宣言。逆賊となりマガダ国を飛び出したカウティリヤは、滞在先のタキシラ大学で盗賊団の急襲を受ける。後年「インドのマキャベリ」とも称されるほどの冷徹かつ大胆な戦略で、見事に敵の大群を返り討ちにするカウティリヤ。その神罰をも恐れぬ戦いぶりを目にした盗賊のリーダーは、彼にこう叫ぶ。「俺の仲間になれ!」……この豪放磊落な男こそ、のちにインド統一を実現する“唯一王”こと、チャンドラグプタその人であった。
とにかく熱い。登場人物が各話につき5~6回は血の涙を流すかのような、力強くエモーショナルな見せ場がのっけから連続する。戦闘シーンも荒々しくダイナミックな迫力にあふれ、まさに圧巻。インド産大作史劇テイストを見事に踏襲した劇的展開と、王道バトル漫画愛が迸(ほとばし)るパワフルな筆致の融合が、かつてない個性を生んでいる。
最大の見どころは、やはり“同じ夢を持つ”二人の主人公たちのドラマだろう。全インド統一を目指す野心家カウティリヤは、手段を選ばぬ冷徹さと戦略家としての叡智、さらに卓抜した戦闘能力も兼ね備えた恐るべき男。一見すると共感できなさそうな人物だが、残酷な階級社会に抗う反骨心、そして王たる者の資質を追い求める真摯な純真さを時に覗かせ、読者の心を徐々に掴んでいく作劇がうまい。
そんな彼とは正反対の性格を有したもうひとりの主人公、チャンドラグプタはまさに「英雄神話」の登場人物らしい豪快さで、作品に爽やかな風通しの良さを与えている。このバランス感覚がインド映画的でもあり、対照的な両者が引き寄せられていく数奇な物語に、大いに期待を抱かせてくれる。
『バーフバリ』のような架空のファンタジー史劇とは異なり、本作はインド最初の統一王朝にまつわる史実をベースにしている。もちろん、ゴリゴリのリアリズムで描かれた伝記ではなく、思いきった「逸脱」にこそ魅力が宿る娯楽作なので、インド史の知識ゼロで読んでも一向に差し支えない。一方で、歴史劇という強固なバックボーンがあることが、作品にどっしりとした安定感と奥行きを与えていることも確かだ。かの国の歴史に明るい人が読めば、主人公たちの辿る運命を思い浮かべながら、波瀾万丈の立志伝として楽しむことができるだろう。
古代インドにまつわる多彩な知識や蘊蓄も随所に盛り込まれ、現代の既成概念を覆すようなワンダーに満ちた世界観を形作っているのも、本作の大きな魅力である。たとえば、古代インドの医術を応用した格闘シーン。「マルマを突く」という聞き慣れないフレーズと技の蘊蓄は、さながら中国のクンフーアクションか、『北斗の拳』の荒唐無稽な人体破壊アクションも想起させるが、同時にインド文明の奥深さも味わわせてくれる。監修として『インド・から』などの著書もある東京大学名誉教授の歴史学者、水島司氏が参加しており、欄外の詳細な注釈も読みどころだ。
中国の春秋戦国時代を日本人が漫画として描いても、決して「暴挙」ではないことを『キングダム』は証明してみせた。『ラージャ』もまた、古代インドのスペクタクル史劇を日本の漫画話法を用いて、立派なエンタテインメント作品として昇華している。戦国インド史劇漫画という新ジャンルの急先鋒として、今後もさらなる快進撃を期待したい一作だ。
レビュアー
ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。